【短編小説】銀河鉄道の駅
ある真夏の日のことでありました。
休暇を利用して電車の1人旅をしていた僕は誰もいない山奥の無人駅で降りた。
駅のホームの片側は山の急斜面に草木が茂り、もう片側の崖下には大きな川がダムに向かってゴウゴウと流れていた。
山の谷間には蝉の鳴き声がコダマする様にうるさく響いていた。
木の葉の隙間から漏れる眩しい太陽の光の中で、僕は自然の清々しさを感じる反面、誰も居ない山奥に来てしまったことに少々心細くなってもいた。
暑さで額や頬に汗が伝って落ちてくると余計に不安と焦りが心を支配し始める。
どうしてこの駅で降りたのか?
その理由は...、
今夜は新月だからである。地球から月が見えない暗い夜の空には星が降るように見えるというから、僕はそんな星空の下に立ってみたかったのだ。インターネットで検索してみたら、この駅から1時間半ほど足で登ったあの山の頂きにある展望台がよく見えると書いてあるのをたまたま見つけたのだ。
その展望台の名前は『銀河鉄道の駅』。
僕は日が暮れる前に展望台まで登り辿り着きたい気持ちでいっぱいだった。
すると、線路の逆方向からまた電車がやってきた。
スピードがゆっくりになり駅のホームに停まると扉が開く。こんなところで誰も降りるはずがないと僕は思っていた。
が、どういうわけか、艶やかな真っ直ぐな黒髪が美しい少女が1人その電車から降りた。
僕は驚いた。近くにこの少女の家でもあるのだろうか?
しかし少女はこの駅から出る様子もなく、『銀河鉄の駅』のある山の方向をじっと見つめて立っていた。
僕は恐る恐る少女に近づいていき、
「あなたも『銀河鉄道の駅』へ行かれるのですか」と尋ねてみた。
すると彼女は少し寂しそうに笑いながら
「ええ、あの山の頂きへ。今日は月のない夜だから。」
と言いながら展望台のある山の頂きを指さした。その横顔は若さに反比例するかのようにあまりにも悲しく途方に暮れているようにみえた。そして、
「私は今日こそ、銀河行きの汽車に乗るの。汽車は月の光が邪魔をしない星達が輝く夜にあの山の上にやって来ます」
と、透き通るほど白い肌の少女は儚げに言った。
あの『銀河鉄道の駅』は展望台の名前であるのだから、汽車が来るはずもないのに何を言っているのだろうか?と僕は思ったが、きっと小説とかアニメとかでそういうものにでも触れて空想にふけっているのだろう、と心の中で勝手にそういうことにしておいた。
「もう100年待っています」
少女の時間は100年前から、ここで止まっていたのだった。
2、月の駅
少女を乗せた汽車は次の駅である『月』に向かって出発した。周囲には何もなく、ただ音もなく静かに銀河が広がっていました。彼女は窓の外を見て、車窓から流れる星々や惑星の美しさに心を奪われていくうちに意識は深い眠りの中へ吸い込まれていった。まるでブラックホールの中へ溶けていくように。
そして、少女が次に目を覚ますと、汽車は月の駅に到着していた。どのくらいの眠っていたのだろうか?青く美しい球体の地球を見ると、あの地球を出発した日の蝉の聲や草花の臭い、水に触った時の冷たい触感なんかが妙に懐かしく思えた。月の駅には不思議な姿形の宇宙人達が大勢行き交っていた。月の駅には、惑星間旅行をするための宇宙船や汽車が多く停泊していたのだ。
続く…