ゾウさん博士、空を飛ぶ。
1901年、それは初のノーベル賞授与式が行われた年。多くの科学者がその名誉を求め、研究に没頭していた。
チャールズ博士もその1人だった。しかし、それよりも気掛かりなことがあった。
それは、自分の耳が大きいことである。
もちろん、耳が大きいことで、より遠くの話が聞こえるというメリットもある。しかし、そのせいで学生から「ゾウさん博士」と陰で言われていることが判明してしまった。
博士は、自分の耳がとにかく恥ずかしかった。どうにかしてこの耳を小さくできないかと日々模索していた。
そんなある日、博士はあることに気がついた。
「耳が、……動く。」
ただ動くだけではない。前後に激しく、まるで鳩の翼のように動かせることがわかったのだ。
その時、博士は閃いた。「この耳で空を飛んだら、誰も私のことをバカにしないだろう」と。
当時、空を飛ぶことが人々の憧れだった。有人飛行は、誰も成し得ていない人類の夢であった。もし自分が空を飛んだら、人々は自分の耳を尊敬の眼差しで見るだろう、と博士は考えた。
その日から毎晩、耳で空を飛ぶ訓練を行った。
今のままだとバカにされてしまうため、誰にも見られないように練習を行っていた。
耳を小さくしようと努力していた時と比べ、自分が前を向いて歩んでいる気がした。耳が大きい自分がむしろ誇らしくも見えた。
日に日に、訓練の成果が見えはじめた。
初めは10秒で力尽きていたが、1年経つと疲れなくなっていた。
初めは飛ぶ兆しも無かったが、2年経つとふわりと体が浮くようになった。
博士はその達成感が何よりの快感だった。日中の研究よりも、空を飛ぶ訓練に熱心に取り組むようになった。
さらに2年経ったある日、ついに博士は浮きながら自由に動く技術を身につけた。
博士はこの技術を確かめるため、ある日の深夜に空を飛ぶ決意をした。
その日は寒かったが、博士の耳は絶好調。あっという間に、博士は空高く飛び立った。
これまでは見上げていた建物を上から見ている。暗い街中にポツポツと光が灯っている。
誰も見たことがない景色を私だけが見ている。その事実が何よりも嬉しかった。
次の日、助手に昨夜のことを伝えた。
「実は、私の耳には秘密があるのだよ。嘘だと思うだろうが、私はこの耳で空を飛べるようになった。昨夜、美しい景色を上から見て、鳥たちと優雅に飛んでみせたのだ。人類初の快挙だ。これで、もうバカにするものは現れるまい。」
助手は笑いながら、こう答えた。
「いや、1年前にライト兄弟が空を飛びましたよ。」
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