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不安に苛まれるはずの胃カメラ検査の直前でもページをめくる手が止まらなかった「PRIZE」と育児と私
村山由佳さんの長編小説「PRIZE」、ネタバレなしのブックレビューです。
人間ドックの真っ最中、「次は胃カメラ」と告げられた待合室。いつもだったら不安と憂鬱に心が占拠されるあのタイミングに、「もっと、もっと、次!」とせっせと夢中でページを繰っていたほど、没頭した一冊でした。
直木賞なんてものとは無縁の世界線に生きていても。あの主人公は私だった。
今から8年ほど前。2~3歳だった私の長女は、なかなかに曲者だった。
当時の長女は、「『攻撃は最大の防御』を形にしました♡」というようなタイプ。大人でも子どもでも、家族以外の人間と目が合えば、「あじゃっっっ!💢」という独特の掛け声で相手を威嚇し、「叩いちゃだめよ、蹴るのもだめよ」と声をかければ頭突きする。習い事の先生がハイタッチを求めると、両手を後ろに組んで「おててがないの!」と明確に拒絶。頭の上にちょこんと結ったおだんごヘアを「かわいいねえ!」と誰かになでなでされようものなら、「さわんないで!ママがむすんでくれたおだんごがくずれるでしょーが!!」と真正面からブチ切れる。
今思えば、他人との距離に敏感な子どもで、パーソナルエリアを彼女なりの方法で守り、安心を構築しようとしていたのだろう。それでも、「あたいに触ると、ケガするよ!」といわんばかりの長女を、日々必死でなだめ、時に(いやしょっちゅう)怒鳴り、諭す日々だった。
親子で新たな人間関係の輪に仲間入りするときは、まず「なかなかにアグレッシブなところがある子です。失礼やご迷惑が発生したら、申し訳ありません。何かあったら教えていただけるとうれしいです」と、先回りの謝罪行脚をするのが日常だった。結果、(あくまでも私が知る限りではあるが)大きなトラブルもなかったし、周りのママさんたちはそんな娘を面白がってもくれた。親子で仲良くしてくれたのは幸運だったし、見守ってくれたことに感謝しかない。
*
ちょうどその頃、近所の公園でしばしば顔を合わせるうちに、なんとなく親しく会話するようになったママ友がいた。肩に力が入っていないちょっと素朴な雰囲気で、優しく、柔らかく、穏やか。ホッとさせれくれる空気をまとった人だった。彼女の娘ちゃんは私の長女より1学年上だった。
彼女も他のママ友と同様に、私にも長女にも優しかったことは覚えているけれど、彼女や娘ちゃんとどんな会話や遊びをしていたか、大半の記憶は曖昧だ。でも多分、そこでも私は彼女や周りにペコペコしながら、娘を怒ったり叱ったり諭したりしていたのだと思う。
だって、ある時、彼女にこう言われたことがあったから。
美穂さん、そんなに周りのことを気にしなくていいと思う。
美穂さんは、Nちゃん(私の長女)のママなんだよ。
一番に向き合うべきはママ友じゃなくて、Nちゃんだよ。
Nちゃんの気持ちを一番大事にしてあげたらいいし、Nちゃんの味方でいてあげたらいいと思う。
そう言ってくれるママ友って、稀有だ。
裏表なく、無駄なことも口にしない彼女から発されたこの言葉に、嫌みやマウントは一滴も混じっていないのは明らかで、ものすごく透明だった。
ものすごく救われた。
あの瞬間、私は全く度数の違う眼鏡をかけ直したし、日々の育児は、小さく、でも間違いなく、変わった。
* * *
先日読了した小説「PRIZE -プライズ‐」(村山由佳・著)。
多くのファンを抱え、新刊はベストセラー間違いなし。作家として一つの地位を既に手にしている天羽カインが、望んでもなかなか叶わないもの……それが、「直木賞」。強烈な欲望と嫉妬を隠さない彼女と、それを取り巻く様々な編集者の物語だ。
後半は、知らぬ間に物語の世界に引き込まれ、没頭して共感する自分がいた。けれど、そこに至るまでの前半は、それはもうギラギラして、自分の小説を大切にするために他人に容赦なく言葉をぶつける天羽カインを「ものすごく面倒臭い人」だと思って……つまるところ、私は、彼女にイライラしていた。
で。この小説を読み終えて、いくつか思い出したエピソードの一つが、冒頭の「ママ友とのやりとり」だった。
私は小説家ではないし、直木賞を目指すような世界線に立つことは、今もこの先も、ない。けれど、あの時私がやっていた「謝罪行脚」は、承認欲求を隠さない天羽カインと同じじゃないか?って。
当時の私は、娘を守り、生きやすくするための世界を作るべく、あちこち動き回っているつもりだった。けれど、この小説を読んで、ハッキリ気づいてしまった。あの「先回りした謝罪」は、娘のためではなかった。自分のためだ。
「娘が変なことをしても、それは私のせいではない」
「だって私はこんなにまっとうな人間だ」
私は「謝罪」を相手に差し出しているつもりだったけれど、それは表向きだけ。自分を正当化したい。証明したい。圧倒的に認めてほしい。――その思いを、むしろ相手に突き出していたんじゃないか?
イライラしていたのは、天羽カインに、じゃない。私に、同じ部分があるから。うまいことくるんでいたつもりのオブラートをガシガシをはがされて、身につまされて、恥ずかしかったから。
*
そう気づいた今、改めてママ友のあの言葉を反芻する。
美穂さん、そんなに周りのことを気にしなくていいと思う。
美穂さんは、Nちゃん(私の長女)のママなんだよ。
一番に向き合うべきはママ友じゃなくて、Nちゃんだよ。
Nちゃんの気持ちを一番大事にしてあげたらいいし、Nちゃんの味方でいてあげたらいいと思う。
ママ友が口にしていたのは、「私を救うための言葉」ではなかった。
それは「長女からのSOS」だった。
母である私にとって一番大切なものを、8年越しに、もう一度受け取った。
余談 ~30年越しの再会~
作者の村山由佳さん。
思春期だった私は、村山さんののデビュー作や言葉に影響を受けました。
その後しばらくご無沙汰。
そしてこの冬、再び出会い直すことができました。
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そしてなんと、この30年の物語(?)がご本人に届く……!
ものすごく、ものすごく嬉しいご感想をいただきました。
— 村山 由佳(時々もみじ) (@yukamurayama710) February 9, 2025
三十年の時を超えて、ありがとうございます…!
(めちゃめちゃ偉そうなことを言うことをどうか許してほしいが)30年間の作品を追い続けなかったからこそ、村山さんの変化幅……というか、どれだけ深みを増したかをまざまざと見せつけられたようで。小説の新たな楽しみ方を知ってしまった気がします。
*
本当は、他にも強烈に思い出したあんなことやこんなことがあるのだけれど、どれもネタバレになってしまって触れられないのがもどかしい。
没入していると不意を突かれる展開の数々、傑作でした!
さらに、このnoteでレビューを書いた後、さらに村山先生ご本人からコメントをいただけた……!う、うれしい……。
30年前の私に伝えてあげたい……
「あなた、村山先生とやりとりしちゃってるよ!!!」
改めまして、ありがとうございます! 胃カメラの待合室で没頭、というものすごいパワーワードまで頂いて感激しています。
— 村山 由佳(時々もみじ) (@yukamurayama710) February 11, 2025
娘さんと矢島さんのこれからに、素敵な出来事が沢山たくさん降り注ぎますように♡
冒頭40ページ、無料で読めるそうです!
《ネタバレ注意》あのシーンのバックストーリー
本作を読んでから、村山さんのインタビューを辿りまくって、
このレビューを書き上げてから、他の方のレビューを徘徊してあの世界を反芻している日々。
本作を読了したら、ぜひ以下のnoteも併せて読むことをオススメします!
(ネタバレにはなっていないので、読了前に読んでも大丈夫ですが……まずは純粋に作品を楽しみたい場合は、読了後がいいと思うよ!)
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