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読書記録㉓『ルドルフとイッパイアッテナ』斉藤洋著
今回読んだのは児童書。2016年に3DCGアニメで映画化されたから、知っている人も多いかもしれない。主役の黒猫ルドルフ役の声優は、女優の井上真央さん。私は映画は観ていないが、宣伝していたのは覚えている。しかし原作が、昔からある児童書だとは知らなかった。教えてくれたのは、noteの記事にコメントをくれた方だ。
私は最近、一般の小説と一緒に児童書も図書館で借りることがある。児童書の世界は優しい。酸いも甘いも…の大人の本ももちろん好きだけど、時々童心に帰りたくなるのだ。猫が主役なのも興味をそそられた。
コメントをくれた方は“アニメ絵本”を読んでおすすめしてくれたのだが、それは残念ながらなかった。しかし原作の児童書はちゃんと図書館の棚に並べられていた。しかも、タイトルの違うものが複数! どうやらルドルフの物語はシリーズ化されているらしかった。その中にちゃんと今回のお目当ての本『ルドルフとイッパイアッテナ』もあった。あったらいいな、と軽い気持ちで探していたが、見つけられると結構嬉しい。本が思っていたより分厚く、文字がびっしりなことにはちょっとびっくりしたが、ともかく家に連れてかえることにした。
最初は隙間時間におやつをつまむ感覚で読もうと思っていたけれど、何だかんだ最後まで真剣に読んでしまった。というわけで、ちゃっかり読書記録に残しておくことにした。では、あらすじから書いていく。
ルドルフは小さな黒猫。魚屋からししゃもを盗んで逃走していた。トラックの荷台に逃げ込んだルドルフは、トラックが走り出す直前に、追いかけてきた魚屋のおやじの攻撃を受けて気絶してしまう。気がついたらトラックは、全く知らない町に着いていた。
町に降り立ったルドルフは、体が大きく強そうなトラ猫にからまれる。身構えていたが、実は面倒見のいい猫だった。ルドルフがトラ猫に名前を聞いたところ、「おれの名まえは、いっぱいあってな。」と答えたため、トラ猫の呼び名は“イッパイアッテナ”になった。その日以来、ルドルフはイッパイアッテナに色々なことを教えてもらい、ノラ猫として一緒に過ごすようになる。
人間社会にも通じる、大事なことを教えてくれる物語。
まずこの本、表紙の絵のインパクトが強い。燃えるような赤をバックに、デカデカとしたヒョウのような黒猫が、怖い顔をしてでーんと構えている。てっきりこの猫がイッパイアッテナだと思ったけれど、トラ猫は後ろに小さく描かれている。印象的に大きさや表情が逆のような気がした。でも、最後まで読んでみたら、これでいいのだと思った。体は小さくてもルドルフは、この本の中でどんどん賢く勇敢な猫に成長していくのだから。
ルドルフは飼い猫だった。リエちゃんという小学生の女の子の飼い主がいる。仲良しのおねえさんもいた。自分の住んでいた町には、もうそう簡単に戻れないと知った時、悲しくなって泣いてしまう。そんなルドルフを前に、ご馳走してやるから泣くな、となだめるイッパイアッテナ。まるで迷子の小さな男の子と、その子をたまたま保護することになったおじさんの図式そのものだ。
現実の世界でも、先住猫と一緒の部屋に、新入りの子猫を迎え入れるような場面があると思う。その時たいていの先住猫は、子猫を放っておけないとばかりに、我が子のように面倒を見て可愛がるようになる。猫の世界は案外ハートフルなのかもしれない。
名前から察していたけれど、イッパイアッテナは複数の名前を持っている。それは接する人間によって、それぞれ呼ばれ方が違うからだ。トラ、ボス、デカ、ドロ。おばあさんや魚屋さん、おまわりさんや学校の先生。イッパイアッテナは色々な人間と付き合いがあった。みんな、何だかんだご飯をくれる。他の猫には敵意を剥き出しにし、恐れられているイッパイアッテナだったが、人間の前では可愛い声で鳴く。これもノラ猫として生き残っていくための上手な立ち回り方だ。ルドルフはイッパイアッテナについて回ることで、その人間たちに認識してもらう。そして人間にご飯をもらう際、気をつけなければいけないことなどを教えてもらう。すごく的を射たアドバイスだったので、引用しておく。
くれたぶんだけもらって、それ以上は、ねだらないこと。それから、しょっちゅう一けんの家にいかずに、一度いったら、しばらくは、すくなくとも二、三日は、間をあけること。そうしないと、ずうずうしいねこだと思われて、しまいにはきらわれてしまうと、イッパイアッテナはいうのだった。
なんだか人間社会でも当てはまりそうな、鋭くて的確な教えだ。みんな誰かに何かに依存して生きているものだと思うけれど、一点に集中していると依存された側は重くなる。たくさん依存する先があればそれぞれの負担は少なくて済むし、そこしか頼れないというリスクも分散される。ここだけ見ても、イッパイアッテナが賢く世渡り上手な猫だということがわかっていただけると思う。
イッパイアッテナは、時に父のようにルドルフを叱ったり窘めたりした。ルドルフがちょっとふざけて乱暴な言葉づかいをしたときは、頬を張り飛ばした。汚い言葉づかいをしていると、「しぜんに心も乱暴になったり、下品になってしまうもんだ」と言って。そしてぶったことに関しては、きちんと謝っている。
また、イッパイアッテナはルドルフにひらがなや漢字の読み書きを教える。字を覚えたルドルフが、ある時字が読めない猫、ブッチーをからかった。その行為をイッパイアッテナは嗜める。ちょっとできるようになったからといって、できない者をからかうのは教養がない、と。
イッパイアッテナに叱られたルドルフは、少し反発してみたり、しょんぼり落ち込んだりする。基本的にはイッパイアッテナの言うことをしっかりと受けとめていて、とても素直だ。
なんだかこのやり取りが本物の親子のようで、こそばゆく温かい気持ちになった。
イッパイアッテナと一緒に人間と付き合っていたことで、字を覚えたことで、やがてルドルフは自分が元住んでいた町の情報を得ることになる。しかし帰ることはやはり容易ではないことも知る。思い切り浮かれて、その分凹む。一晩眠った次の日、落ち着いた心でルドルフは、高い場所から一匹で日の出を見る。そのシーンで、ルドルフは必ず帰ることを決意するのだが、そこに至る描写が好きだったので引用する。
まぶしいのをがまんして、ぼくは、のぼりかけた太陽を正面から見すえた。しばらく見ていると、ほんのすこしずつ、太陽がのぼっていくのがわかる。じりじり暗い空気をおしあげていく。そうだ、ああいうふうに、なにがなんでものぼろうとするものは、だれも、おしとどめることはできないのだ。
こんな風に誰かから直接教えられなくても、自然や起こる現象から何かを悟ることがある。気づきはどこからでも得られる。落ち込むことも悪いことではないけれど、少し元気になったらやっぱり顔を上げて前を向いた方がいい。心の在り方次第で、受け取れるものがたくさんあるはずだから。
本の中には時々挿絵が入る。鉛筆でぐりぐり力を込めて書いたような独特なタッチの。日の出を見るルドルフの後ろ姿の絵に、私も一緒にそんな清々しい朝の空気を味わった気がした。
物語はクライマックスに向けて、散りばめられた伏線を回収していく。イッパイアッテナの少し特殊な過去。台風がもたらした、ルドルフの町へ帰れるかもしれない希望。思いやりからの行動で、見舞われてしまった悲劇。人間と付き合っていたことで、助けられたこと。ルドルフの決意と勇敢さ。友情。最後まで一気に読ませてしまう勢いがあった。
ルドルフが成長していくさま、まっすぐさが微笑ましい。イッパイアッテナの言葉はどれも深く、時に耳が痛くなることもあった。イッパイアッテナの生きる姿勢からは、“義理と人(猫)情”という言葉が垣間みえる。少し短気なところもあるけれど、深いところで優しくきちんと筋が通っている。だからこそルドルフも、イッパイアッテナの傍にいることにしたのだわかる。
児童書と思って侮ってはいけない。出逢えてよかった素敵な本だった。気になった方はぜひ、読んでみてほしい。