汀 薫海 (みぎわとうみ)

呟きや、エッセイや、写真や料理、稀に自作(未出版)小説  アイコン写メは、若かりし頃の自分

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最近の記事

花篭⑤ / 自作小説

 揺らめく水の圧力の向こうに離れた気配の方から、美那子の甘い声が響いてくる。 「彼女さんにもあんなに上手に優しく触れてらっしゃるのかしら。」  不意の美那子の質問の意図をはかりかねて黙っていると、また向こうから美那子の気配が水の揺れと同時に近づいてくる。 「お答えにならなくてもよろしいわ。人間って不条理だもの。さあ、立ち上がって。」 「見えないと歩くのが怖いよ。」 「それは貴方が見えるからよ。まだ見てはだめ。」  また美那子に手を引かれ、浴槽から恐る恐る出て、幼児

    • 花篭④ / 自作短編小説

      美那子に出会ってまだ2時間も経っていない。 ほとんど彼女の事を知らない。   「すみません、そこ、よろしいかしら?」  二週間後に迫った彼女の誕生日プレゼントを探しに、慣れない高級時計店のショーウィンドウを、懐と比べながら見ていた時に、不意にかけられた女性の声。    考え過ぎで通路を塞いでいたらしい。 「あっ、すみません」  振り返って、その女性を見て思わず呟いた。 「美しい。あっ、いえ、あのっ、何を言ってるんだ、俺。すみません」 「ありがとう。彼女さんにプレゼ

      • 花篭③ / 自作小説

        「行きましょう」  美那子に肩を抱かれ軽く押されるままに、恐る恐ると足を進める。  脇に触れる女の膨らみの柔らかさが想像を刺激し、いきり立てながら自由を委ねる不安。また自分の姿を想像して羞恥に包まれる。  軽い引き戸の音と共に押し寄せる濃い蒸気の気配、ハーブの薫り。 「ゆっくりと腰を降ろして。大丈夫。そのままゆっくり。」    美那子に抱かれたまま、ゆっくり腰を降ろすと小さな椅子のようだ。自分がどんなに情けない恰好をしているか想像すると、羞恥がさらに押し寄せて来る。

        • 花篭② / 自作小説

           細く暗く天井が高い廊下の足元には、白熱玉の暖色の小さなランプがあちこちに置かれ、漆黒の焼き杉板を磨いた床の表面の木目を照らす。微かに磨きに使ったのか柿渋の匂いに混じり、グラス系の香が僅かに漂ってくる。 「平安貴族時代の、人が通る時に流れる風で香が立つ仕掛け、あれはなんだったっけ?」 「よくご存知ね。でも私は知らないわ。私がここを作った訳じゃないもの。」 廊下の奥の、やはり黒い木目が微かに光る引き戸の前で美那子は立ちどまった。 「少し待って。」 そう言いながら、美那

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        • ピロートーク
          12本
        • 自作小説
          11本
        • ショートショート
          38本

        記事

          花篭① / 自作短編小説

          「これは生花だけど枯れない処理がしてあるの。」 四角いガラスの箱の中の薔薇を指差して美那子は呟くように僕に言った。 「そうなんだ。でも枯れない花なんて、つまらなくない?」 「あなたはそう言うと思った。」 窓から洩れる自然光を透すガラスの色が、歩く速度に合わせてゆらめく。靴音がこつこつと静かなギャラリーに響く。 「籠に綴じ込められたままいつまでも愛でられて。美しく生きているけど死んでいる。素敵じゃない?」  生を死へと綴じ込めた美は逆説としてはアートかもしれない。けれ

          犬 / 自作ショートショート

          始めに。どこかで僕の生い立ちについて書きましたが、想像できないと思いますので、ショートショートの形で再現します。毎日こんな日々でした。 (以下本文) 逃げたいけど逃げれない。本能の中で人に忠実でいられる犬が羨ましい。 「全員ならべ」 今日は風呂場のタイルに正座をさせられ、小便をかけられる。 僕は小学一年生。 クロ助の頭を撫でて、散歩にでかけ本を読んで、 寝ようとした僕を叩き起こし、 「今から内臓が内出血する所を見せてやる。」 施設の上級生は、僕の腹を殴り続け、便

          犬 / 自作ショートショート

          順番 / 自作詩

          何かに出会う時があり 何かを知る時がある 何かを見る時があり 何かを作り出す時がある 何かを得る時があり 何かを失う時がある 時が訪れる順番は誰もが一様でなく 早いとか遅いとか言うことはない それがその時 その人の順番なのだから 見知らぬ未来があり過去がある 見知らぬ事柄があり知っていることもある 分かり合えることもあり分かり合えないこともある 分かち合えるものがあり分かち合えないこともある 互いが生きる世界それぞれがその人が生きる世界なのだから いい

          鏡 / 独り言・エッセイ

          僕はあの人の事を実際にはほとんど知らない。顔も少ししか知らない。住んでいる場所も知らない。名前も知らない。 しかも結婚していて子供までいる。 心を動かされるほど好きになる理由は何もない。でも、今まで初めてネット越しでしか知らない女性に深く心を動かされている。 勿論、僕の一方的な想いで、彼女になにかを求める気もなく、もちろん彼女が求めてくれば別だが、そういういう認識もしっかり持っているが、それでも心の奥底から響いてくるものはやまない。 彼女は知る限り美人だし、お洒落で、

          聞こえない声 / 自作詩

          人は皆、すべてが例外なのだ とある哲学者が語った 深い闇夜の中に聞こえる微かな音 確かな手触りと そこから得た想いを 誰に知られることがなくとも あなたにとって確かにあったもの 数えきれないほど立ち上がる言葉の一つ一つも 二人が交わした口づけの味も 誰に知られることもなくとも 確かにあったもの ばらばらになってかき消されていく 風のような日常の常識という雑音の中で 煩い電子音が撒き散らされながら明滅するモニターの中で そこには匂いもなく 味わいもなく 湿りを帯

          聞こえない声 / 自作詩

          結婚前だから / 自作ショート・ショート

          「お前さあ、麻奈美って女知ってるか?」 かつてのバンド仲間の矢嶋さんからの電話に少しだけ悩み、すぐに思い出した。 「あっ、年末にバーで会って、あっちから誘いがあって、何度かデートしたんだけど、ここ一ヶ月は全然。どうかしたんですか?」 「岸田って知ってるだろう。うちのバンドの。」 「もちろん。岸やんでしょう。」 「それで岸田の兄貴の婚約者が、その麻奈美って子でさあ、お前がストーカーしてるって岸田がいうもんだから、まさかと思ったんだが、一応な。そうか、相手から誘われたん

          結婚前だから / 自作ショート・ショート

          フランスの田舎町で / 自作ショートショート

           フランスのパリの南東に位置するディジョンの郊外、サンタムールのとある家で、僕はアンヌにチキンのワイン煮の作り方を教えてもらっていた。  アンヌの娘と知り合ったのは、ニューヨークに留学していた時。その縁で、ヨーロッパに旅していた時、招待されて立ち寄った家での話。    日本とフランス。遠い二つの国は全く気質の違う民族の、遠く離れた国なのだけれど、なぜか気が合う瞬間が生まれる事もある。  ドイツ人と日本人は、少し気質は似ているけれど、少しだけ南洋の血をひく日本人にはドイツ

          フランスの田舎町で / 自作ショートショート

          華やかさなんてなくても /ショート・ショート

          始めに:先月末から、クリスマスにちなんだ短編をアップしていますが、過去作も含めいくつかけるかお楽しみに。ちなみに、前にアップした、官能習作「粉雪」も、クリスマスネタです。 今回は、学生時代の自分の経験をもとに。以下本文 ・・・・・・・ 凍てつく吹きっさらしの荒れた造成地に、ダンプの音が鳴り響く。 「オーライ、オーライ、オーライ、はいっ!」  ヘルメットをかぶった少し腹が出た作業服姿の男が手をあげ、それと同時にバックで徐行してきたダンプが止まる。そして、手招きするような男

          華やかさなんてなくても /ショート・ショート

          苦離数増す / 自作ショート・ショート

          「しかしあれだな。24日のシフトっていっつもこうだよな」  人事部の佐藤は部下の児玉に向かって苦笑しながら話しかけた。 「やっぱり女子にとって、24日の夜に予定がないってのは体裁が悪いのかね?」 「そうなんじゃないんですか、やっぱり。女の子にとって記念日って大事なものですよ、課長」 児玉は、世間ではアラフィフと呼ばれる年代。子供はもう高校生になる。長女から、クリスマスの週末、友達の家でパーティーやるから泊まっていいかと尋ねられ、家族で過ごすクリスマスがもう子供にとって

          苦離数増す / 自作ショート・ショート

          乾いた土の彼方に / 自作ショート・ショート

          広漠とした土の広がりと化した畑にラナミヤは立ちすくむ。 もう既に七年もの間続くひどい日照りにナイルの水は涸れつつある。 地面に無数の穴を掘り麻の布を広げ被せ、地面から立ち上り繊維を潤す僅かな露を集め水を確保する早朝の繰り返しに空を見上げると、光る傾いたオリオンもただ恨めしいばかり。 王宮の倉庫には宰相が蓄積してきた穀物がまだまだ溢れている。 しかしその穀物を買い求める為の代金として、牛は既に売り払いもう何も残っていない。 「いったい神殿の神官達は何をしているのだろう

          乾いた土の彼方に / 自作ショート・ショート

          メサイア / 自作ショート・ショート

          言葉が通じないこの町で、長年、理髪店をやっている父親は、彼に弁護士になれとハッパをかけ続けるのです。 貧乏人が、この街で生き残るには勉強するのが1番だ。父親らしい愛情の言葉に頷きながらも、ボロボロの屋根裏部屋で、彼の心にはいつも音楽が鳴り響いていました。 そんなある日、優しい彼の母親と姉は、音楽を愛してやまない小さな少年に、一台のハープシコードを知り合いから貰い受け、こっそりと屋根裏部屋に運びこんだのです。 貧しい外国人の家庭に灯った小さな愛の光。少年は喜びに満ちて、みん

          メサイア / 自作ショート・ショート

          不倫について少しだけ真面目に / エッセイ

          これを書くのは、自分にとっては少々勇気がいる事であるのを最初に断っておく。というのも、自分が今恋している相手はお子さんいらっしゃるし、当然ご主人がいらっしゃるだろうから。 不思議なことに、彼女のSNSやその他からは、旦那さんの匂いが全くしない。これは彼女のSNSを展開するうえでの意図的な設定なのか、本当はいないのかはわからない。が、あえて聞かないけれど、いるものと仮定はしている。それゆえ、この記事を書く事が、彼女との恋をさらに妨げることになるかもしれないが、そもそも彼女には

          不倫について少しだけ真面目に / エッセイ