花篭④ / 自作短編小説
美那子に出会ってまだ2時間も経っていない。
ほとんど彼女の事を知らない。
「すみません、そこ、よろしいかしら?」
二週間後に迫った彼女の誕生日プレゼントを探しに、慣れない高級時計店のショーウィンドウを、懐と比べながら見ていた時に、不意にかけられた女性の声。
考え過ぎで通路を塞いでいたらしい。
「あっ、すみません」
振り返って、その女性を見て思わず呟いた。
「美しい。あっ、いえ、あのっ、何を言ってるんだ、俺。すみません」
「ありがとう。彼女さんにプレゼント?」
「あっ、いえ、はい」
その瞬間、美那子は妖艶に微笑んだ。
「正直なのね。今から何かお約束なければお誘いしたいくらい」
「えっ、あっ。予定は特別ないですが、でも…」
「そう。じゃあ、お付き合いくださらない」
拒否権は最初からなかった。
美那子のブリティッシュグリーンのアストンマーチンに同乗して、着いた先があの白い部屋だった。
「どうしてでしょう?ふふっ。そういえばまだ名前を申し上げてなかったかしら。美那子と呼んでください」
誘われた右手の指先に、粘膜を含んだ柔めいた二枚の秘密の襞の覆いが触れた。
密着した湯の中で視界を奪われたままの濃密な感覚をハーブの香りがいっそう研ぎ澄まし、次第に熱く緩めかす。
途絶えない水音に交じり美那子の吐息が微かに甘さを増して行く。
胸に当たる背中の肌と指先に触れる外皮と内皮の境目特有の複雑な弾力と、明らかに水とは違うぬめり。
さらに二枚の秘密の割れの内側をなぞると、複雑な、その弾力は吸い付くような柔らかさへと変化する。
粘膜特有の女の襞が指先に開かれながら、意思を持って指を奥へと誘い込み、
吐息と水音と手と全身に触れる肌の触覚が、ハーブの香りにオクターブを少しずつ上げて行く。
「背中に硬い貴方が当たっている。」
呟く美那子。胸に回した左手に感じる柔らかな膨らみの中央の、少し硬くなった突起の部分は、紛れも無く張りをもって屹立している。
美那子の黒髪が左の首筋をくすぐり、視界を覆われながら時に唇を覆われる。先ほどまで奉仕に蠢いていた舌が、舌に絡み付く。
核に触れた指先のなぞりの繰り返しに、時々、微かにびくびくと震え、のけ反る濃密な無言の時が過ぎていく。
さらに、なぞりの反復のスピードを増そうとした右手を制するように押さえる美那子の手の抵抗は弱い。
吐息のオクターブは次第に上がり、いつしかはっきりとした淫靡な囀りとなって浴室に響き始める。
「だめっ、だめ。私が委ねてしまう」
「委ねてごらんよ」
「甘えてしまいそう、はぁ。駄目だわ」
「かわいい声。君を見たい」
「駄目よ」
不意の大きな水音と共に美那子が立ち上がった。離れていく気配、揺れ動く水。
「まだ見ては駄目。」
軽い命令に逆らえず、身体の頼りを失って浴槽に身を沈めたまま待つしかない。
蒸気の気配の向こうの水音は絶え間無い。
どうなっているのか確かめる術もない。視覚を奪われただけで、ひどく不安でひどく敏感になってしまう鼻、耳、舌、そして肌。
「快楽って不思議だわ。意思にそむいてしまう罠みたい」
揺らめく水の圧力の向こうに離れた気配の方から、美那子の甘い声が響いてくる。
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