夏のハガキ
本当にあったことなのか、
それとも空想の出来事だったのか、
わからなくなることがある。
これは本当にあった話。
高校生の時、好きだったK太くんの話。
テニス部のエースだけど、テニス以外は不器用で、成長したカラダを制服に無理やり包んで、無理やり学校に来ているような子。
古文の授業の時、天照大神のことを「てんてるだいじん」と読んで、真っ赤になるような子。
気の利いたことも賢そうなことも言えない、ひたすらテニスボールを追いかけている子。
洒落た冗談を言って笑わせる男子にはハーレムのように女子が集まっていたのに、彼は素朴な18歳そのもので、そんなところが好きだった。
そんなK太とは一緒のクラスになったことがなくて、同じテニス部だったのに気安く声をかけられなくて、私はただ遠くから見ているだけだった。気づかれたくないほど強い気持ちは、気づかれるものなのかもしれない。
私の高校時代で「思い出解凍」できる場面がひとつある。
授業と授業の間、次の教室に移動しようとしていた時、入り口で、K太が立ち止まっていた。ドキドキして通り過ぎようとした私の方に、彼の顔が向いて、口元が動こうとした。
(神様)
何?
と一瞬立ち止まろうとした私と彼の間に
同じテニス部の女子が大きな声で「K太!」と遮るように割って入ってきた。
何か言いたそうな彼の口から形にならなかった言葉は呆気に取られている私と彼の間に数秒とどまったけど、
・・・
点火される前のロウソクの炎は
横風に吹かれ、
K太と会話できる唯一のチャンスは、
飛ばされてしまった。
あれは本当にあったのか、なかったのか
もどかしい気持のまま、その後、高校最後の夏休みが終わろうとする頃、家に1枚のハガキが届いた。
K太からだった。
宛名(私の名前)と住所の他には「元気ですか」も無く、なんの説明も無く、両面びっしり洋楽の曲名が書いてあった。私の知らなかったビートルズの曲やカタカナの名前ばかりだった。
それだけ。
18歳の夏、あのハガキを手に取っていた時の気持、こんなにハッキリ覚えているのに、曲名ひとつ覚えていない。どれか1曲聴いてみたか、返事を書いたか、まったく思い出せない。
でも、あれは本当にあったことです。
どこかに行って出てこないけど、
あの夏のハガキ、ここに大事にしまってあります。