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トマトと卵の炒め物の味は幸せの味
手巻き寿司の具材を考えているときに気づく。
自分って、幸せ者であると。
『僕の姉ちゃん』の登場人物・順平が、家族のために手巻き寿司パーティーを姉と開催することになり、その具材を、リストに書き出しているシーンより。
海老やらツナやらきゅうりやら、メモ帳に記す順平は、気になる会社の同期社員からなんとなく避けられ、仕事も慣れず躓く日々を送っている。
社会に揉まれ、女心はイマイチわからない。
しかし、出張から帰ってくる父と、そこについて行った母のこと思い、手巻き寿司パーティーに向けて準備する姿は、幸福そうである。
誰かの帰りを待ち侘び、夕飯の支度をする時間は、あー、料理なんてめんどくさい、YouTube観てゴロゴロしたい、マックで済ませたい、という気持ちが全くない、とは、ごめんなさい、思いません、1ミリくらいは考えてしまう。
しかし、『美味しい』と喜ぶ相手の顔を見ることは、のんびり動画を鑑賞する時間より遥かに尊い。
野菜炒めと白飯だけで充分でしょ、と怠惰な感情が過ったとして、もう1品あった方いいかな、と冷蔵庫の野菜の切れ端で味噌汁を作ったり、前に美味しいって言ってもらえたな、とだし巻き卵作りに取り掛かったり、豆腐の賞味期限が近いから冷奴も作るか、切るだけだけど、折角だから刻んだオクラでも乗せるか、と『昨日何食べた?』のシロさんの如く、脳内で1人会議を繰り広げるのも好き。
決して手の込んだメニューではなくても、汁物があるだけで違うものだ。近頃寒くなってきてるし、味噌汁ひとつで温まるし。一汁一菜でよい、と、土井善晴先生も言ってたし。
私の得意料理と言えるものは、なかなか思いつかないが、得意料理にしたい料理は、ある。
卵とトマトを炒めたもの。
ニンニクが効いて、片栗粉でとろみをつけた、シンプルながらご飯が進む1品だ。
幸せに味があるとするなら、卵とトマトの炒め物の味、と答えたい。
なぜ希望形なのかというと、精神的に余裕がない時は、決してそのようなことは口に出せないから。
だから、私の中の公式プロフィールとして、掲げたい。
自分は幸せではない、と本気で思うことは、しょっちゅうある。
しかし、そんな時こそ、キッチンに立ってみよう。
相手の顔を思い浮かべながら、献立を考える。野菜の青臭さ、醤油を煮た甘辛い香り。
煌びやかではないが、幸せの香りがしてくるのだ。