ここは盛岡の食卓
先日、先輩と本社での会議後、居酒屋さんに行ってきた。
先輩は、私のひとつ下の学年だ。しかし、私より1年早く入社している。
年下で先輩、というのは一見不思議だが、中途入社ではよくある話だ。
夜7時を過ぎ、桜山神社方面へと足を運ぶ。
城跡公園では、イルミネーション点灯されていて、青白い光が暗闇に灯る風景は煌々と光る飲食店の羅列に負けじと輝いている。
イルミネーションを見て「きれいだね」としか発することができないのは表現力が乏しいだろうか。しかし、あのキラキラした冬特有の景色の前では、どんな文豪も「きれいだね」というシンプルな感想が第一声なはず。ミルクボーイ風に言うと「イルミネーションの前では、人はみな無力」。
どこで曲がるんだっけ、と迷いながらも無事辿り着いた居酒屋さんは、木曜夜ということもあり、客はまばらでがやがやした印象はなかった。若くて明るい髪色の男性スタッフに2階へと案内される。
2階もスーツ姿の男性2人組くらいしかおらず、落ち着いている。小上がりの座敷席に向かい合う。正面に見えるのは、壁に貼られた「ほうじ茶アイス」「抹茶アイス」「そば粉アイス」というPOPと目が合う。もちろん夕飯の気持ちでここにいるのだが、絶対おいしいよなあ、と思う。
お酒がそこまで得意ではない私たちは、最初にノンアルのゆずサワーを頼んだ。ゆずサワーは甘味より苦みが強い、ゆずをそのまま絞ったかのような味がした。
メニューはどれもおいしそうで目移りするが、迷いに迷ってどて煮、ほっけを注文する。主食は、彼女は白ご飯、私はすじこのおにぎり。彼女のお椀には山のようにご飯が盛られており、「量多いね」と私が言うと彼女は「そう?これくらいいけるよ」とあっさり答えた。細いのに、たくさん食べるんだ。こういった一面は、仕事だけでは見ることはできない。
ゆずサワーと一緒に運ばれてきたお通しのじゃがいものポタージュは優しい味付けで一気に食してしまう。なめらかなポタージュってホテルの朝食のような高級感があって好きなんだけど、ブレンダーとやらを買わないと自分では作れない。「自分では作れないもの」は特別感があって、外食するときに無意識に選んでいる。白身魚をパイで包んで焼いたのとか、酸っぱみと甘みを感じる、複雑な味のソースがかかったステーキとか。「家では食べられない」という付加価値。
しかし、ここの居酒屋のメニューは、家庭的なラインナップだ。実家の食卓が目の前にあるかのような光景。醤油の甘辛さ、出汁の香り、炊き立ての白米の艶。一人暮らしだと、手の込んだ家庭料理はなかなか食べないし、作る機会もない。冷蔵庫に眠っている野菜たちと豚小間切れ肉を炒めるか、はたまた鍋にするか。最近は自炊とはいってもその程度だ。だからこそ、出汁を丁寧にとった味噌汁とか、塩気のきいた焼き魚が恋しくなる。特に、一人暮らしでは調理しやすい肉ばかりで、なかなか魚を食べることがないため、余計おいしく感じる。祖母からは「みどは魚より肉のほうが好きなんだろうけど、魚も食べないとだめだよ」とよく言われていたが、約四半世紀生きてきて思う、私、魚も好きだよ。
おにぎりと白ご飯には、無料で味噌汁がついてきて、青菜のはいった味噌汁はじんわりとかならに染み渡る。おにぎりは美しい三角形で頬張るとふんわりとした食感である。自分で握ると、型崩れしないようにと強く握ってしまうため、こうはいかない。
どて煮は、大根やこんにゃくや牛すじが、とろとろに煮込まれていて、これぞ、「一人暮らしではお目にかかれない、手の込んだ家庭料理」。白ご飯に合いそうだな、とすじこのおにぎりを目の前にしてふと思う。
向かい合ってほっけをつつき合いながら、仕事の話、恋愛の話、最近読んだ本の話で盛り上がる。彼女はアニメ「BANANA FISH」にはまっているらしい。その面白さを熱弁され、お互いの趣味の話を聞き合うのって楽しいな、と思う。
中途採用には同期という存在がいないが、今、私には、仕事なプライベートの話を気軽にできる「先輩」がいる。
先輩である彼女は、たった1年の差とは思えないほどしっかりしていて、自分はあと1年でこんな風になれるのかな、と不安になる。
不安なので、この1年は奮闘の年にしたい。不安だけどゆるくいこう、といいたいところだが、不安を拭うためには、できることを増やしてくことだ。
彼女は猫を飼っていて、画像越しでもわかるくらい丸々としている。今度家に遊びに行く約束をした。あの雪見だいふくのようなふわふわの生き物と一緒に暮らしているなんて、いいなあ。
締めに席に着いてからずっと気になっていたアイスを頼んだ。私はほうじ茶アイス、彼女はそば粉のアイス。ほうじ茶アイスは甘すぎずいくらでも食べられる。そば粉のアイスを一口もらうと、ゴマアイスのような味がした。
アイスの味といえば、バニラ、チョコ、イチゴあたりが妥当だが、この店はその定番フレーバーがない。挑戦的なラインナップとも捉えられるが、子どもより大人の味覚に受けがいい3種は、「大人のためのデザート」なのだろう。居酒屋だしね。そして、この3種は実際どの味も捨てがたいと迷う反面、「私、大人になったんだ」と感じさせられる。抹茶、ほうじ茶、そば粉って、子どもの頃はスルーしてきたから。
ここは盛岡の食卓。おいしい飲食店に出会うと「また行きたいね」と語り合うが、社交辞令ではなくて本当にまた食べに行きたいと強く思わせられるような場所だった。常連店は、盛岡の至る所にある、というわけでは決してなく、ここの常連客になりたい!という店が増えたことが嬉しく、そんな店が増えることで、冬の寒さが厳しい街で暮らす、平凡な日常に彩を加えてくれる。いつかはただいま、という気持ちで、暖簾をくぐりたい。
暖かい店内を出ると、冬の澄んだ空気が気持ちよく感じた。