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名古屋のことそんなに好きじゃない

すこし前、この『toi toi toiの余韻嫋々』という連載についての打ち合わせがあり、担当してくださっている方から「今年(2025年)の連載は『街』をテーマにやってみましょうか。せっかく名古屋に住んでいるので名古屋の街を紹介するような内容も良いかもしれないですね。」と言われて頭を抱えた。だって、名古屋のことそんなに好きじゃないから。

私は愛知県の弥富市という町に生まれ、高校生のときから通学で名古屋に来るようになった。高校生の私は、週に2,3回のペースで栄にあるHMVとタワーレコードに通っていた。タワレコの推しているアーティストのチェック、視聴機でなるべくたくさんの知らない音楽を聴き、ニューカマーとして扱われているバンドを覚えて家に帰っていた。また、時にラジオ局の公開収録を観に栄のラシックに行き、時に若手アーティストのCD発売イベントも兼ねたフリーライブを観に金山に向かった。名古屋という大都会を知ったばかりの少年にとってはとても充実した時間だった。あの時間はあの頃の私にとって、そして今の私にとっても振り返れば有意義で必要な時間だった。紛れもなく何物にも変えられない大切な時間だった。

高校を卒業してからも、大学の4年間、名古屋を経由して通学した。社会人になって半年間だけ岐阜に住んでいたが、その後は実家に戻り、また名古屋に通う生活を2年続けた。そして半年前から名古屋に住んでいる。かれこれ、名古屋とは10年前後の付き合いである。10年間通ったり住んだりした名古屋のこと、改めて思うと、あんまり好きじゃないなと思う。全然好きじゃない。多少の愛着はあるし、もう情だって湧いているが、それでも好きじゃない。

じゃあ「名古屋の何がそんなに好きじゃないの?」と聞きたくなりますよね。それ聞いちゃいます? さっきまでは高校生の頃を振り返って悦に浸ってたくせに、とか思ってます? そりゃ、まあ思い出話はいつだって楽しいですからね。でもね、文句ならいくらでもありますから。焦らないでください。そんなに好きじゃない理由、たくさんありますから。
まず、名古屋にいて触れられる音楽も演劇も芸術もとっても少ないんです。名古屋市民(愛知県民)があまり文化的なものに興味がないんだろうなと思います。味が濃い食べものと自動車と喫茶店のモーニングにしか興味がないんだと思います。細かいことを言い出せば、ライブハウスが少ないとか、心躍るマーケットイベントが少ないとか、創作の土壌が育ってないとか、カルチャー同士のつながりが弱すぎるとか、いわるゆ"界隈"内での輪だけで満足している人が多いとか、トヨタとトヨタ関連の会社が多すぎるとか、大須商店街にチェーン店の古着屋が増えているとか、分かりやすいものしか好まれないとか、デカ盛りとレゴランドとジブリパークの話しか話題にならないとか、ジャンルレスな文化の中心地みたいな場所が少ないとか、まあいくらでもあります。もちろん、その中で戦っている人たちがいるのも知っています。名古屋という土地で文化を絶やさないように守ってる人たちが、自分たちの愛する芸術を広げる活動をしている人たちが、いるのも知っています。でもなんだか盛り上がりきってないですよね、とも思う。
名古屋という土地で、もっと多様な文化に、芸術に触れたいよ、と思う。もっと知らないものや理解できないものを見たいし、もっと新しいものも知りたいし、歴史あるものを感じたい。

「もしかして東京と比べてる? それは”つまらない”とか”物足りない”と感じても仕方ないね。田舎に比べたら名古屋なんてなんでもあるでしょ。」
これは、"名古屋があまり好きではない"という枕詞からここに書いたような話をしたときに必ず返ってくる言葉である。そんなことは分かってるんですよ。分かってますよ、そりゃ。でも、名古屋に住んでみてやっぱり思うわけです。名古屋ってつまらない街だと。

でも、私は名古屋にいます。名古屋に住んでいます。矛盾してると思うでしょ。でも、私は私の意思で名古屋に住んでいるし上京したいとも思っていません。理由はひとつ。名古屋に愛すべき人たちがいるから。愛すべき友だち、愛すべき仲間、愛すべき同志、愛すべき文化を守ろうとする人、愛すべき文化を育てようとする人、愛すべき文化を根付かせようと耕している人、愛すべき文化を好む人、愛すべき本屋さん、愛すべき音楽、愛すべきライブハウス、愛すべき創作者、愛すべきイベント、愛すべき喫茶店、愛すべき街中華。みんなこの街で、何かをしようと、何かになろうと、しがみついて、噛みついて、何かを起こして、何かを耕して、ここにいる。だから、私は名古屋にいるのです。
どんなにつまらない街でも、名古屋には愛すべき人たちがいる。まだ芽が咲いてないものもあるし、仲間がいなくてひとりでもがいてる人もいる。むしろそんな人やものばかりだけど、私を含めたみんなでいつか、全部の芽が開いて、全てが繋がればいいなと思う。そしたら上の世代の人たちが守ってきた文化と交わって、そうして文化が根付くんだと思う。そしてそのとき、私はやっと名古屋というこの街を愛せると思う。
それまでは長い戦いだ。だけど、いつかそうなったらいいな。その瞬間をずっと探している。私ももっと頑張らなくちゃと思う。

テレビ塔もっと発光してくれよ名古屋の街はつまらないから

名古屋の街の中にある公園。
公園はつまらなくない。楽しい。


最後にエピローグみたいな出来事を書いてこの文章を締めようと思います。
ざっくりとこの文章の大枠を書き終えた次の日、東北出身の友だちと遊ぶ予定があった。私は友だちの運転する自動車の助手席に乗っていた。友だちはふと思いついたように名古屋についてこんなことを言った。「名古屋ってチェーン店や大型ショッピングモールがあるのに個人店も生き残っててかなり面白い街ですよね。」と言われた。「ほえ〜〜〜〜〜〜〜」と思った。この「ほえ〜〜〜〜〜〜〜」は良くも悪くもない意味で関心してるときの「ほえ〜〜〜〜〜〜〜」である。正直、1ミリも思ったことがない感想だった。愛知県で生まれ、名古屋で育った私にとって、"大型商業施設と個人店の両方があること"が魅力だなんて思ったことがなかった。でもよく考えると、そうかもしれない。これは確かに魅力的である。"住む"という視点で見るとこれほど便利な場所はない。「便利さ」と「豊かさ」が両立できる。
どうやら私は名古屋に長くいすぎたようだ。もう名古屋の良さなんて分からないのかもしれない。これは家族のことを素直に“大切な存在”と言えない思春期的な思想に近い気がする。情けない話だが"いて当たり前"という状況に甘んじてしまったのだ。本当は名古屋は素敵な街なのかもしれない。いや、素敵な街なんだと思う。だって名古屋を出ようと思ったことがないから。居心地が良くて実家を出られない息子や娘と同じだ。

私はまだ名古屋を出る予定はない。

イトウマ
1998年生まれ。愛知県弥富市出身。
短歌グループtoi toi toi所属。音楽とお笑いと短歌の話ならいくらでもしたい。季節の変わり目に風邪をひく。
X(旧Twitter): @itoumaa / Instagram : @iitoumaa

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