第3回後編 自家製発酵生姜の注意点(ぷくぷく泡が出ているから発酵! 酸っぱくなってきたから乳酸菌発酵!って本当?)
(後編)最近話題の自家製「発酵生姜」について、よく耳にする作り方を見てみました。
①殺菌した容器に、②皮ごとすりおろした生姜を、③空気をできるだけ抜いて詰め込み、密閉し、④冷蔵庫で2週間発酵(⑤熟成?)させるというものです。
2週間後に、⑥細かな泡が発生し、⑦少し酸っぱくなると成功という記述も見られます。また、この過程で⑧オリゴ糖が生成され、腸活や美容・健康に良い食品になるとのこと。しかも、冷蔵庫で半年持つ、という情報も!!
しかし、このレシピにはいくつか注意すべき点があります。ここでは、食品科学の視点から解説します。①〜④は前編にあります。
⑤発酵(熟成?)
はい、ここ、テストに出ましたよ。
「発酵」と「熟成」、似ているようで実は異なります。
• 発酵:微生物が関与して食品の風味や保存性を変えるプロセス。
• 熟成:微生物が関与しない、もしくはその関与が終わった後に食品が変化するプロセス。
冷蔵庫で2週間保存する場合、低温で微生物が活発に活動する可能性は低いため、「熟成」と考える方が正確でしょう。あ、、でも生姜に付着している菌は低温で活動できてましたね・・・
⑥細かな泡が発生し、⑦少し酸っぱくなる
ぷくぷくと泡が出たり、酸っぱくなることが発酵の証拠と思われがちですが、注意が必要です。これらの変化を引き起こす微生物が、必ずしも安全なものとは限りません。食べて安全な微生物か、それ以外かわかりません。
例えば、大腸菌は、その多くは無害ですが、
・一部の大腸菌は乳酸や酢酸、炭酸ガスを産生し、泡や酸味を生じさせますが、これが食べても安全とは言えません。
(生姜の抗菌成分は大腸菌に対して増殖を抑える効果が報告されているので、あくまで例です。)
一方、伝統的な発酵食品は高濃度の塩や特定の条件で雑菌を排除し、有益な微生物だけを活用してきました。これは先人たちの知恵です。
⑧オリゴ糖が生成している
これ、推測ですけど、「麹米のデンプンを分解するとオリゴ糖が生成する」、という部分から「発酵によりオリゴ糖が生成する」と勘違いしているのではないか、と思います。
「発酵でオリゴ糖が生成される」という話もありますが、生姜にはオリゴ糖のもとになるデンプンがほとんど含まれていません。そのため、この情報は科学的に見て疑わしいと考えられます。他はセルロースとかですが、もっと微妙ですね。
どうすればオリゴ糖や多糖が増えるか、別の要因を考えると、一部の微生物が「菌体外多糖(EPS)」という成分を作ることがありますが、これはオリゴ糖とは異なる物質で、漬物のヌルヌル感(ヌト)の原因になることもあります。
例えば、乳酸球菌のロイコノストック($${\textit{ Leuconostoc sp. }}$$ )の一部やラクトコッカス クレモリス($${\textit{ Lactococcus lactis}}$$ subsp. $${\textit{cremoris }}$$ )は菌体外多糖(EPS)を作り、ヌルヌルした感触や納豆のような糸引き(曳糸性)を示すことがあります。
発酵生姜は腸活、美容、健康に良いミラクルな食品なのか?
以上をまとめます。
・生姜に付着している雑菌は、冷蔵庫で増殖できる。また、生姜の抗菌物質はこの雑菌には効果がない。
・泡の発生や酸っぱい香りは、食べられる安全な微生物かそれ以外によるものか不明のため、発酵か腐敗かの判断指標にはならない。
・密閉し嫌気的環境にすることで、偏性嫌気性細菌である危険な土壌細菌ボツリヌス菌が生育するリスクがある。
・ボツリヌス菌は、冷蔵庫温度でも活動し、致死性の猛毒を作るグループがある。
・ボツリヌス菌による汚染は、ガスや異臭を発生せず、見た目や香りで汚染を判断できない。
・ガスを発生する微生物がコンタミ(コンタミネーション contamination の略で微生物培養で目的の微生物以外の異物や別の微生物が混入することを指します)していた場合、密閉しているとビンが爆発する危険があるため、ガスが抜けるように必ずフタを緩めておく。
・オリゴ糖を含むという情報は、科学的にみて疑わしいと考えます。
これらより、発酵生姜を家庭で作る場合、安全性を十分に確保するのは難しいかもしれません。冷蔵庫保存だけでは雑菌の活動を完全に抑えられませんし、伝統的な発酵食品のような工夫も必要です。
発酵食品は夢のような魔法の食品ではなく、科学と経験を積み重ねて作られるもの。安全性を確保しながら楽しむことが大切です。
私なら、すりおろしたものを冷凍保存したり、市販のチューブ生姜を活用しますので・・・
大手メーカーがチューブ生姜を作っている理由も、一度考えてみると興味深いかもしれませんね!