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【ノスタルジア】Part5 ❦ GL恋愛小説❦

「私は優希さんのことが好きです。」

私は綾斗と美桜の関係を疑ってここに来た。それなら綾人との関係を問いただせばいいだけなのに、どうして美桜の私に対する気持ちを試してるんだろう。

時に愛は予測不能な行動をとるようで、その証拠に私は今、美桜を抱きしめている。

ゆっくり体を離すと潤んだ瞳の美桜が私を見つめる。美桜の髪を掻きあげ頬をなぞりキスをした。そのままベッドに倒れ込み上から瞳を覗くと、美桜の瞳に私が映っている。私はそのもう1人の自分に問いかけた。

あなたは美桜をどうしたいの?
このまま突き進んで後悔しない?

そして⋯

「美桜⋯、私、酔ってるかも?目が覚めたら何もかも忘れてるかもしれない。」

「構いません。優希さんが忘れても、私が全部覚えてるから⋯。」

美桜は純粋で真っ直ぐなのに、私はお酒のせいにして逃げ道を作り保険をかけた。

でもどうしても確かめたかった。

美桜が好きなのは綾人?
それとも私?
そして、私が好きなのは綾人?
それとも美桜?

私は覚悟を決めた。

腕に美桜の体の緊張が伝わってくる。私は優しいキスを体中に這わせ、美桜の緊張をほぐしていく。美桜の両手が私の背中にきつく絡んだ時、キス以上のものを望んでるんだと確信した。そしてそれは私も同じだ。綾人には1度も感じたことの無い胸の高鳴りを覚えた。

美桜はミスディオールの香水を纏った優希に身を任せ、高揚感に包まれていた。今までこの光景を何度思い描き、何度打ち消してきただろう。愛する人の体温を肌で感じるのは幸せだった。そして、徐々に気持ちが高ぶってきた美桜は無意識に声に出した。

「⋯優希さんっっっ⋯。」

「美桜⋯。もう、優希さんはやめて。優希って⋯そう、呼んで。」

美桜は震える声で呼んだ。

「優希⋯。」

その言葉が合図となり、2人は深い夜の闇へと沈んでいった。



美桜は夜の寒さが残る冷たい部屋の空気で目覚めた。思わずブルっと体を震わせ、もう一度布団に潜り込んだ。優希の肌から伝う温もりを感じ、身も心も暖かくなった。隣に寝ている優希さんの寝顔は、子供のようでとても愛らしい。おでこ、ほっぺ、肩の順にそっと口づけると、昨夜のことは現実なんだと実感出来た。まだ暫くこのままでいたかったけど、お酒が残ってるかもしれない優希さんに野菜スープを作ってあげたかった。母が飲みすぎた時にも、私がよく作っていた。

私は部屋を暖め、優希さんを起こさないようなるべく音をたてずに野菜を切った。集中していた私は気づかなかったけど、視線を上げると優希さんが目の前に立っていた。

「あっ、おはようございます。いつからいたんですか?びっくりしました。」

「⋯⋯うん、おはよう。」

「今、野菜スープ作ってるんで、最初にシャワーでも浴びて来て下さい。」

「⋯⋯⋯。」

「どうしたんですか?やっぱり二日酔いですか?」

「⋯⋯⋯。」

「優希さん???」

「美桜に聞きたい事があるの。」

「⋯なんですか?」

「綾人と寝たって本当?」

「え?」

優希は少し語気を強めてもう一度聞いた。

「聞こえなかった?綾人と寝たの?」

「優希さん、なんの冗談ですか?そんなことあるはずないですよね。」

「でも、サークル内では結構な噂になってるよ。」

「えっ⋯?どうして⋯?でもまさか、優希さんもその噂を信じてるってことですか?」

「正直わからない。だから美桜に聞いてるんだよ。」

私は野菜を切る手を止め、今の言葉が本当に目の前の優希さんから出た言葉なのか目を疑った。

「優希さんの彼氏だって知ってて、私がそんなことすると思いますか?」

「綾人が私以外の女といる所を何人もが見てる。それが美桜なんじゃないの?」

私は血の気が引いて体が冷たくなるのを感じた。冗談かと思ったけど優希さんは真剣だ。本気で私のことを疑ってる⋯。

「じゃあ、昨日、突然私の家に来たのって⋯。」

「⋯⋯、本当のこと、美桜の口から聞きたかったから。」

私は目の前が真っ暗になった。今にも倒れそうな体を、机に手をつき支えることで何とか姿勢を保っていた。

「優希さんは⋯、私がそんなことする人間だと思うんですか?」

「そうじゃないよ、そうじゃないけど、考えれば考えるほど当てはまることが多すぎる。」

「⋯⋯。」

「最初の頃、美桜が私のことを遠巻きに眺めてたのは、実はいつも私の横にいる綾人を見ていたのかもしれない。私に近づいたのだって綾人と仲良くなりたかったから。⋯それに、そこにある香水。それだって私が使っているのと同じものでしょ。それなら、例え綾人に匂いが移っても疑われない。」

「優希さん、もう、やめて下さい!」

「クリスマス以降サークルに来てない事も、その頃から綾人と関係があったのなら納得がいく。」

今、目の前にいるのはホントに1晩中愛し合った優希さんなんだろうか?私は震える声で優希さんに尋ねた。

「私の事疑ってたなら⋯、どうして昨日の夜⋯、私と⋯?」

美桜はこみ上げてくる涙をこらえながら、最悪な答えじゃありませんようにと祈るような気持ちで聞いた。

「試したの⋯。」

「えっ⋯⋯?」

「⋯美桜が好きなのは綾人なのか?それとも、私なのか?」

昨日の夜はあんなに嬉しくて心が震えたのに、今はこんなにも悲しくて心が震える。優希さんが私を試した?自然に涙が溢れ、苦しくて息も出来ない。

「それで、答えは出たんですか?」

「美桜を傷つけて⋯、自分も傷ついて⋯、何でこんな事になってるのか、何がしたいのか、自分でもよくわからない。ただ、曖昧な関係と曖昧な気持ちが苦しいからハッキリさせたかった。」

「それなら、まず綾人さんに聞いてみて下さい。それしか 証明する方法はありません。」

そう言われて、優希は綾人に電話をかけた。ひたすらコールしてやっと繋がった。

「⋯こんなに朝早くにどうしたんだよ?」

「ごめん、聞きたいことがあるの。今サークルで噂になってる話知ってる?綾人が私以外の女とも付き合ってるって。」

「えっ、なんだよ、それ!」

「その相手が美桜だって噂になってる。由佳がみんなに言いふらしてるけど知らないの?今、スピーカーで美桜も聞いてるからちゃんと説明して。」

「えっ、美桜ちゃんもそこにいるの?いや、えーと、何で?」

「お願いします。私とは関係ないって説明して下さい。」

「あ、いや、ごめん、美桜ちゃん。えーと、優希⋯、よく聞いて!後でちゃんと謝るけど、美桜ちゃんはホントに何の関係もないよ。由佳ちゃんが噂立ててるって⋯?いやー、そのぉ、だから、俺の相手って由佳ちゃんなんだ。1度美桜ちゃんに2人でいるとこ見られたことがあって、由佳ちゃんは美桜ちゃんに説教されたらしい。だから美桜ちゃんに逆恨みしてるんだと思う。優希⋯とにかく話し合おうよ、なっ⋯。」

そこまで聞くと優希は電話を切ってスマホの電源を落とした。

「これで疑いは晴れましたか?」

「⋯美桜、ごめん、私⋯。」

「優希さんのショックを想像したら綾人さんと由佳の事、言えなくて⋯。」

「美桜⋯、私⋯」

「私は優希さんのことが好きだと気付いてから、言えるはずもないのに告白の場面を、何度も何度も想像してきました。でも、まさか、こんな形で自分の気持ちを伝えることになるなんて思わなかった。」

「⋯。」

「初めて優希さんのステージを見た時、私は今まで感じたことのない気持ちになりました。今思えば一目惚れに近かったのかもしれません。それから優希さんを、憧れの人や推しだと思うようになりました。⋯優希さんと同じ香水を見つけた時は、ホントに嬉しかった。笑顔ばかりじゃいられない、そんな泣きたくなるような悲しい夜も、優希さんの香りで部屋を満たすと心が癒され優しい気持ちになりました。」

「美桜⋯。」

「Xmasイブの日⋯。隠していたこの気持ちを慶太さんに見透かされ、自分の気持ちに正直になればいいって言われたんです。」

「だから、あの日⋯。」

「はい。目を背けていた現実を突き付けられて動揺しました。妹じゃいられなくなったら、優希さんのそばにはいられないって。でも、そんな気持ちを伝えられるはずもなく、苦しくて優希さんに会う事も出来ませんでした。」

「美桜⋯。」

「優希さん昨日、言いましたよね。私、酔ってるかも?明日になったら忘れてるかもって。」

「⋯⋯。」

「昨日の夜の事⋯全部忘れて下さい。」

「⋯⋯。美桜は忘れられるの?私は忘れる事なんて出来ないよ。」

「⋯じゃあ、無かったことにして下さい。初めから全部⋯、なかったことに⋯。」

「⋯⋯⋯。」

私の未熟さが純粋な美桜を傷つけた。自分の気持ちを優先した私のせいで。美桜は私の事を思って、綾人の二股をだまってくれていたのに。今さら何をどう説明しても言い訳にしかならない。美桜を傷つけてしまった事実も消えない。1番大切な人をこんな形で傷つけるなんて⋯。

(1番⋯大切な人?)

私ってバカだ!
今更気づいても、もう遅いよ。
私の1番大切な人は綾人じゃない!
美桜なんだって⋯。

「優希さん、食パン切らしてるんでコンビニに行ってきますね。」

美桜は机の上に置いてあった財布だけ持ち、逃げるように部屋から出て行った。

優希はしばらくその場に立ち尽くしていたが、美桜が上着も羽織らず飛び出した事に気付き、上着を手に取り追いかけた。しかし、美桜はもうどこにもいなかった。優希は上着を抱きしめ、その場にしゃがみ込んで後悔の涙を流した。

美桜は過呼吸になりそうな自分を、どうにか落ち着かせようとしていた。ほんの少し前までは世界一幸せだと思っていたのに⋯。どうしていま私はこの寒空の下、1人膝を抱えて泣いているんだろう。

1時間ほど経ち部屋に帰ってみると、もうそこに優希さんはいなかった。乱れたベッドをそっと手でなぞると、昨夜の出来事が鮮明に思い出された。それが更に悲しくて、布団を抱え涙を流した。

脆く儚い私たちの関係は、少しでもバランスが崩れたら呆気なく終わってしまう。現実の前では甘く思い描いた妄想なんて、落ちては溶ける雪のように淡く儚い。昨夜のことも全て私の妄想なら、こんなに苦しまなくても済んだのに。


あれから約1年が過ぎ
今日は優希の卒業式だ。

優希はあの直後に綾人と別れた。
だからと言って、自分がした事を考えると美桜に連絡する勇気もなかった。

4年になりほとんどキャンパスに行くこともなくなったし、美桜も私も軽音サークルは辞めていた。たまにキャンパスに行くと、会えるはずもないのに美桜の面影を探した。

でも、それも今日で終わり。

私は最後に美桜にLINEを送ることにした。読んでもらえるかどうかわからないけど、今の精一杯の気持ちを綴って。

その頃、美桜はキャンパスに来ていた。

最後に遠目から一目だけでも優希さんの姿をみたい⋯、そう思ったから。

2人の思いがすれ違い感情が交錯する。
もう一度、お互いを分かり合える未来は来るのだろうか?

To be continued

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