【 パンドラの箱が開く時 】vol.3 忘れられない恋 ❦恋愛小説❦
桐島エレン 27歳
私は今でもバレンタインのチョコに添えられた、あのメッセージカードを大切に持っている。
【あなたが私を見つけてくれますように 】
誰がくれたのか分からないチョコに添えられていたメッセージ。
私はその言葉に強く惹かれた。
あの頃の私はあなたに伝えただろうか?
私もあなたをずっと探していました…と。
映画に行った次の日、私は莉子にどんな顔をして会えばいいのかよく分からなかった。しかし、莉子は何事もなかったかのように放課後私を待っていた。
「部活、行こっっっ。」
「うん。」
私は何も変化のない莉子に拍子抜けした。やっぱ莉子にとって手を繋ぐって深い意味なんかなかったんだ。単なるスキンシップ、私の考えすぎだったのかな。
私と莉子は片付け当番で遅くなり、やっと片付けが終わるともう誰もいなくなっていた。
すると莉子が手をつないできた。
「一緒に帰ろっ。」
「えっ、あっ、うん。」
そのまま手を繋いで歩き出した。
「あ、あのさぁ、誰かに見られたら…。」
「エレンっていつも人目気にするよね。そんなに見られちゃダメ?」
「えっ、だって…。」
「私は気にしないよ。」
莉子は屈託のない笑顔を私に向けた。
「彼氏といつも手繋いでるから慣れっこ…とか?」
すると莉子は真顔で立ち止まり、繋いだ私の手を振り払った。
「ねぇ、私、怒っていい?」
「あっ…、ごめん…、もしかして言い過ぎた、かな?」
莉子は私に悲しそうな顔を向け、そのまま走って帰って行った。
あ~あ、莉子を傷つけちゃったかな?
でも、私には莉子の行動の意味がよくわからないよ。
私はどうすればよかったの?
次の日、莉子は中間休憩も昼休憩も私の所に来なかった。
すると莉子と交際の噂がある鈴木君と、仲良さそうに話してる姿を見かけた。私は胸がぎゅっとなったが、莉子は素知らぬ顔で私から視線をそらした。
やっぱ付き合ってんじゃん。
なのに、なんで私が怒られるの?
意味わかんない。
その日、莉子は部活にも来なかった。
次の日から莉子は私のところに来なくなったし、部活では他の友達とペアを組んで私と目さえ合わさなかった。
「喧嘩でもしたの?」
みんなに何度も聞かれ、さすがに1週間もすると私も嫌気が差して、莉子と話す事にした。
「ねぇ、私、そんなに怒られるようなことした?」
莉子は黙って下を向いている。
「なんでそんなに不機嫌なのか教えてよ?」
「じゃ、聞くけど、エレンはいつも私が来るのが当たり前だと思ってるんじゃない?自分は待ってるだけで、相手が来てくれるのが当たり前だと思ってる。私が来なくても、自分が会いたければ私に会いに来ればいいじゃん。なんでいつも待ってるだけなの?私の気持ち次第でこの関係も終わりってこと?」
「そもそも、この関係ってどうゆう関係?なんで莉子がそんなに怒ってるのか訳わかんないよ。鈴木くんと一緒にいるとこだって見たよ。付き合ってるんでしょ?」
「だったら何?彼と私が付き合ってたら、エレンの何かが変わるの?」
「変わるか変わらないかは聞いてみなきゃわからない。ただ気になるから聞いてる。教えてよ?」
「付き合ってるよ。」
「…………。」
それを聞いて、もういいやと思った。
「そうだったんだ。もう帰っていいよ。じゃあね。」
私が踵を返して帰ろうとすると、莉子は泣きながら私の後ろから抱きついてきた。
「嘘だよ。私、付き合ってなんかない。私のこと見ててわかんない?エレンは私がどんなに気持ちを伝えても、全然わかってくれないじゃん。私は毎日、少しでも会いたくてエレンの教室に通ったよ。放課後待つのだって全然苦じゃなかった。好きだから手も繋いだし、いつもエレンのそばにいた。誰に見られても恥ずかしい事なんて何もないよ。でもエレンはそんな私が恥ずかしかった?迷惑だったんでしょ?」
私は腰に回された莉子の手を握り聞いた。
「莉子…、私のこと…好きなの?」
泣いてる莉子が頷いたのが背中越しに伝わってきた。私は後ろから抱きついてる莉子の手を離し、正面に向き合った。
「ごめん莉子。私、迷惑だなんて思ったこと1度もないよ。気づくのが遅くてごめん。鈴木君に嫉妬するのも、手を繋いでドキドキするのも、今の莉子の言葉を聞いて胸が熱くなる訳もやっとわかった。」
私は両手で莉子の涙をぬぐい、私の方に顔を向かせた。
「莉子…。私が今まで甘えすぎてた。傷つけて…ホントにごめん。私も莉子の事が好き。大好きだよ。」
158センチしかない莉子を私はすっぽり包んで抱きしめた。
私の胸に顔を埋めて泣いてる莉子は、少し震えてる気がした。
初めて恋を知り、その恋が実った瞬間だった。
私は泣き止んだ莉子とすっかり暗くなった夜道を帰っていた。
「2人っきりの時は甘えていいよ。」
「それ以外は?」
「悪い事はしてないよ。でもバレたら続けられないでしょ?」
「うん、わかった。バレないようにするね。」
「エレン、大好きぃ。」
「今、もう甘えてる?」
腕を組んできた莉子に笑いながら言った。
「私ね、ずっと前からエレンの事好きだったんだよ。先輩達の中で、1人レギュラーに入ってボールを追ってるエレンが眩しかった。私に無いものを持ってる気がして。だから私もエレンに近づきたいと思った。最近、レギュラーに入れるようになって少し自信がついて、やっとエレンに声をかけれたの。」
「それに去年、バレンタインにチョコ10個近く貰ってたでしょ。友チョコじゃない本命的なやつ、女子から。」
「よく知ってるね。まさか今頃ヤキモチ?」
「ふふふ…。その中に誰からのチョコか分からないやつがなかった?」
「あー、そういえば1個あった。
名前がないやつ。
【 あなたが私を見つけてくれますように 】って。あのメッセージは強烈に刺さって、今でも忘れられない。えっ、あれ、まさか…。」
「うん。私。」
「遅いよ…、エレン。」
「私、あのチョコくれた子ずっと探してた。莉子だったんだ。今からでも間に合う?」
ふふふ…
「遅いけど許してあげる。」
そう言うと莉子は、背伸びして私のほっぺにキスをした。
《私の知らない莉子の顔 》
この時の私はそんな顔があるなんて知る由もなかった。
𝓽𝓸 𝓫𝓮 𝓬𝓸𝓷𝓽𝓲𝓷𝓾𝓮𝓭