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【 ノスタルジア 】 Part1 ❦GL恋愛小説❦

「ふぅー、やっと終わった。」

私は解放感から大きく伸びをした。

大学を卒業しWeb企画&制作会社に就職した私は、一通りの仕事を覚え、与えられた業務を必死にこなす日々。クライアントの求めに応じ、美しいデザインと機能的な構成を提案し、あらゆるニーズに応える。Webデザイナーとして活躍する事を夢見ているが、勿論またまだ駆け出し。残業の概念がないようなこの業界で、食事もままならない日々をこなしながら、3ヶ月近く昼夜を問わず働いた。一区切りついた頃には、ダイエットしても減らなかった体重が3キロも減っていた。そんな努力も有り、次の案件まで少しゆっくり出来る時間をもらった。

そんな時⋯
ふと頭に浮かんだ。

「過去に置き去りにしてきた心に、今なら向き合えるんじゃない?」

3年前、私は心を置き去りにしてきた。出会ったことも楽しかった日々も、全部全部⋯初めから無かったことにしたかった。目を瞑っても浮かんでくるあの日の光景を、抱えて生きていく事が辛すぎたから。

優希先輩⋯。

卒業していくあなたから届いたLINE。あの時の私には読む勇気がありませんでした。かと言って、削除する決心もつかぬまま未読にしてきました。

今の私なら、あなたにも過去の自分にも向き合えるでしょうか?

私は未読にしたままのLINEを開く決心をした。


大学の入学式。

夢や希望はまだうっすらしたもので、何者になれるかも分からなかったけど、大学に行けばそれが見つかるような気がして勉強に励んだ。その甲斐あって、第一志望のこの大学に合格した時は嬉しかった。

新しい環境での生活に期待より不安が大きく、引っ越してきてから落ち着かない日々を過ごしていた。
しかし、入学式を終え大学生の仲間入りをした途端、そんな不安もどこかへ吹っ飛んでしまった。

キャンパス内では1人でも多くの新入生を獲得したい部活やサークルが熱心に声掛けし、活気に満ち溢れていた。ユニークでバラエティーに富んだ活動をしているサークルもあり、華やいだ雰囲気は大学生になった事を実感させてくれた。

そんな時だった。

「ロック?」

でも、何だかすごく甘く優しい。
歌声のする方に目を向けると沢山の新入生が集まっていた。

軽音サークルだ。

熱気溢れる男性ボーカルも魅力的だが、 今歌っているのは女性ボーカル。女性にしか出せない表現力や華やかさで艶のある歌声を響かせている。長い手足に高身長、黒髪のロングヘアをかき上げると切れ長のアーモンドアイの瞳が覗く。その時、私の視線と彼女の視線がぶつかった。一瞬で心臓が高なり、恥ずかしさから目を逸らそうとしたが無駄な努力だった。彼女から放たれる圧倒的な魅力に釘付けになり、気づくと私は聴衆の1番前で聞き入っていた。

演奏が終わるとその女性はステージからひょいと飛び降り、余韻に浸っている私に真っ直ぐ近づいてきた。

「軽音に興味あるの?」

「あっ、えっと、あの⋯。」

「うちのサークルに入りなよ。一緒に音楽やろうよ。」

「えっ、でも⋯私⋯。」

「歌ってる時、沢山の人の中からあなたが目に留まった。何故だかそのまま目が逸らせなかったの。私と視線が絡んでた事、あなたも気づいてた⋯、そうでしょ?」

そう言ってその人は、ダークブラウンの大きな瞳で私を見つめた。
私は恥ずかしさから俯くだけで、どう答えたらいいのか分からなかった。

熱気のせいなのか?ラブソングの歌詞のような甘いセリフのせいなのか?私は言われるがまま、その場で入部届けにサインしていた。

「久保田美桜ちゃんね⋯OK。じゃぁ、美桜って呼ぶね。私は3年の一ノ瀬優希。よろしくね。」

「よろしくお願いしま⋯。」

優希さんは挨拶が終わらない内に私の手を引き寄せ、躊躇すること無くハグをしてきた。

それが私達の出会いだった。


今年、軽音サークルに入った新入生は20人。全学年合わせると約80人。サークルのかけ持ちやらバイトやらで、週1の活動に参加するのはその内半分程度。入ったばかりの私は出来るだけ休まず顔を出した。

音楽は好きだったし、何と言っても憧れの優希さんに会えるのが楽しみだった。

いつもみんなの輪の中心にいる優希さん。笑顔を絶やさない優希さんの周りには自然に人が集まってくる。壁を感じさせず、誰とでもフランクに打ち解けちゃう優希さんは帰国子女。初めて会った時、躊躇なくハグをしてきたのも頷ける。

私はそんな優希さんをいつも少し離れたところから眺めている。輪の中にいると、私の視線が優希さんを追ってる事に気づかれそうで怖かった。だから、少し離れた所から誰にも邪魔されずに眺めているのが好きだった。

それともう1つ。

優希さんにはこのサークルの中に彼氏がいる。同じバンドでベース担当の武田綾人さん。優希さんと同じ3年生。私は菅田将暉に似てると勝手に思っているが、みんながそう思ってるかどうかは分からない。まぁ、とにかくそんな2人は誰が見てもお似合いのカップル。一緒にいることがとても自然で、雰囲気やファッション、空気感、どれをとっても相性は申し分なかった。サークルの誰もが羨む、お似合いのカップルなのだ。

私はそんな2人が一緒にいる姿を見るだけで、キュンとして頬が緩んだ。綾人さんに向ける優希さんの笑顔は、他の誰に向けるものとも違って柔らかかった。人を愛するってこういうことなのかな?私にはまだよく分からない感情だった。

とにかく優希さんは私の自慢の推しなのだ。でもこれは誰にも言えない私の密やかな楽しみ。新しい優希さんの一面を発見しても、誰に自慢することなく胸の内にそっとしまった。


サークルでは定期的に飲み会がある。

私は未成年だからもちろんお酒は飲まない。優希さんは結構お酒好きみたいで、いつも楽しそうにビールやチューハイを飲んでいる。お酒が入った優希さんはフレンドリーさに拍車がかかり、いつにもまして天使のような笑顔を周りに振りまく。私はそんな優希さんを眺めながら心のシャッターを切り、記憶のアルバムに綴じる。寝る前に目を閉じ、そのアルバムを開くと、満ち足りた幸せな気持ちで眠りにつく事が出来た。


夏の一大イベントのSummer Liveが終わった夜も、打ち上げの飲み会だった。お酒を飲まない私はその日も一次会で帰ることにした。

時間は9時半。
ケーキ屋さん、まだ開いてるかな?

私はアーケード街をキョロキョロし、まだ、開いているケーキ屋さんを見つけた。

「いらっしゃいませ。」

「え~っと、このイチゴのショートケーキと、濃厚ガトーショコラを下さい。」

「はい、このお2つでですね。少々お待ち下さい。」

するとその時、誰かに肩をポンポンと叩かれた。振り向くとそこにいたのは優希さんだった。

「二次会に行こうと歩いてたら美桜が見えて⋯、気になって一緒に入っちゃった。」

「そうなんですね。びっくりしました。」

「これから帰って彼氏とケーキでも食べるの?」

優希さんは私をからかうようにいたずらな表情をした。

「いや、1個買うのは恥ずかしいんで2個買っただけです。実は、今日私の誕生日で⋯。」

「えっ?そうなの?早く言ってくれれば、みんなでお祝いしたのに。⋯で、彼氏と2人でこれからお祝いなんだ?」

「いや、彼氏はいないんで⋯。自分で自分のお祝いにケーキを買ったんです。ネトフリでも見ながら食べようかなって。」

「そうなの?じゃ、まだ帰んなくていいよね。すぐ戻ってくるからちょっとお店の前で待ってて。」

そう言うと優希さんは、私の返事も待たずに走ってお店を出て行った。
言われた通りにお店の前で待っていると、優希さんが何やら袋を下げて帰ってきた。

「美桜のお祝い、私にさせてくれない?ダメかな?」

「えっ、ダメだなんて⋯、でも優希さん、二次会があるんじゃぁ?」

「そんなのどうでもいいよ。誕生日は1年に1度しかないんだよ。ほら、早くしないと、あと2時間で誕生日が終わっちゃう。行こう。」

そう言って優希さんが連れて行ってくれたのはライトアップされた近くのスポーツ公園。そこには、カップル、ランニングしてる人、散歩してる人など、この時間でも様々な人がいた。

優希さんは辺りを見回してベンチを見つけると、そこに私を座らせた。
そして、さっき買ってきた袋から何か取り出したと思ったら花火だった。

「コンビニにロウソクがなかったから花火で代用ね。」

優希さんはそう言うと、さっき買ったケーキの1つに花火を突き刺した。そして一緒に買ってきたライターで火をつけ、私のスマホで動画を取りながら歌いだした。

「ハッピーバースデー  トゥーユー。ハッピーバースデー  トゥーユー。ハッピーバースデー  ディア  みーおー。ハッピーバースデー  トゥーユー。」

信じられない。花火越しに見る優希さんが、Birthday Songを歌ってくれている。憧れの推しが⋯今、この瞬間⋯私の為だけに⋯。
こんな夢みたいな事ってある?
私はすっかり舞い上がった。

優希さん

今、あなたの瞳に映っているのは私だけですか?
今だけあなたを独り占めしてもいいですか?

「この花火がいつまでも終わらなきゃいいのに⋯。」

無意識に口から出た願望は、パチパチと音をたてる花火にかき消された。

「お誕生日おめでとう、美緒。」

「嬉しいです、とっても⋯。」

「美桜のスマホで動画も撮っといたからね。私の美声も入ってるよ。」

その時、酔いがまわってきたのか優希さんがスマホを落としかけた。とっさにお互いが同時に屈んだら、私の唇が優希さんの頬に微かに触れた。私はびっくりして跳ねるように後ずさった。

「す、すみません。」

「謝らなくてもいいよ。でも、そんなに驚く?まさか、私にわざとキスしたの?」

「えっ、そんな⋯」

「冗談だよ。酔っぱらいの戯言。でも美桜っていつも私のこと遠巻きに見てるでしょ?どうして?」

「えっ、それは⋯。」

「まぁ、いいけどね。じゃあ⋯はい、これ。」

優希さんは自分の右手の中指から指輪を外すと、ポンと私の手のひらに置いた。

「これ、アクリルリングなんだけどかわいいでしょ。雑貨屋さんで見た瞬間一目惚れしたお気に入りなんだ。これ、美桜にあげるよ。他に誕生日プレゼントになるようなもの持ってないし。」

それは、ピンクを基調としたポップな色合い。マーブル模様でハート型の愛らしいアクリルリングだった。

「でも、優希さんのお気に入りなんじゃ⋯。」

「お気に入りだから美桜にあげるんだよ。お気に入りって指輪の事だけじゃないよ。LIVEで目があったあの日から、美桜も私のお気に入りだから。」

「えっ?」

「なんだろ⋯、友達とはちょっと違う⋯そばに置きたい妹みたいな感じ⋯?これからはもっと私の近くにいてよ⋯。私の手がいつでも届くくらいの⋯そんな距離に。」

私の憧れの優希さんは胸がときめくような甘いセリフを無意識に吐く。推しに言われたら卒倒して倒れちゃうような、甘くとろける⋯そんな言葉を。

火照った体に夏の夜風が心地いい。

まだ本当の恋を知らない私の胸に、初めて小さなさざ波が立った、19歳の誕生日だった。


To be continued.

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