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【 ノスタルジア 】 Part2 ❦GL恋愛小説❦

誕生日のあの日から私と優希さんの距離はグッと近づいた。

今まで少し離れた所にいた私を、優希さんは自分のそばに呼び寄せるようになり、物理的な距離も心の距離もずっと近くなった。

ちなみに優希さんの彼氏の武田綾人さんが軽音サークルの部長、優希さんは副部長をしている。後輩達から憧れの存在だ。

そんな優希さんが私をいつもそばに置くようになったものだから、私は優希さんのお気に入りとして皆に認知されるようになった。

優希さんのそばにいるようになって気付いたことがある。

それは優希さんがつけている香水。
爽やかで甘すぎず上品なフローラル系の香り。

『華やかな花達に囲まれて圧倒的な美しさを放つ女性』

カッコよく言えばそんなかんじ。
私はそれが優希さんのイメージにピッタリだと思っている。そして、その香水の名前がとても気になるけど、私は敢えて聞かない。もちろん聞けば教えてくれる事はわかっている。でも、この香水から想像を膨らませ、優希さんを感じる時間がとても好きだから。

この香水が何だかわかった時が、
運命の扉が開く瞬間⋯?

⋯なんて、大げさなことを考えてる私は、完全に優希さんのオタクなんだと思う。


そうこうしてるうちに季節は夏に終わりを告げ、秋になろうとしていた。

日中はまだ暑い日もあったけど、朝晩は少し冷え込む事も多くなってきた。

その日、サークル活動を終えると外は既に真っ暗になっていた。室内から屋外に出ると思いのほか肌寒く、ブルっと身震いをした。遅くなると思わずに、ブラウス一枚の薄着で来た事を私は後悔した。

すると、ふわっと体が包まれた。
誰かが後ろから上着のようなものをかけてくれたのだ。

( えっ、だれ? )

咄嗟に声が出かかったけど、私にはそれが誰だかすぐにわかった。

優希さんだ。

いつもの優希さんの香りが、ふわっと優しく、私の体を包み込んでくれたから。

「もう肌寒い季節なんだから、上着を持って来なきゃだめじゃない。これ羽織って帰りなよ。」

「えっ、でも、それじゃあ優希さんが⋯?」

「私は厚手のトレーナー着てるから大丈夫。美桜はブラウスでしょ?それ、返してくれるの、いつでもいいから。」

そういうと優希さんは手を振りながら帰って行った。

上着と優しさと⋯甘い香水の香りを残して。


翌朝目覚めた私は優希さんを感じて布団の中で寝返りをうった。もちろん優希さんはいない。寝ぼけまなこでキョロキョロすると、部屋に優希さんの香りが微かに漂っている。そして、昨日上着を借りたことを思い出し1人クスッと笑った。

( そうだよね。朝起きて優希さんがいるなんて事があるはずないのに。)

フラフラと起き上がった私はハンガーにかけてある優希さんの上着に顔を寄せ、大きく鼻から息を吸い込んだ。

「推しの上着がここにあるんだもん、これくらい許されるよね。」

そう誰に聞かせるでもない言い訳をし、優希さんのエッセンスを自らに注入した。

そして、上着を返す時にちょっとしたお返しをしようと思い立った私はデパートに行くことにした。

バイトして多少のお金はあるけど、デパートで買い物するようになるなんて、私も少し大人になったのかな?なんて思ったりした。

それにしてもデパートはいつ来てもいい匂いがする。

(もしかして優希さんの香水もここにあるのかな?)

そんなことを考えながら少し大人になった気分で、化粧品売り場をフラフラと眺めてまわった。

すると、

(あれっ?優希さんと同じ香り?)

振り返ると化粧品売り場のビューティーアドバイザーらしき人がいた。私は思わずとっさに後を追った。

するとそこは『 Dior 』の売場だった。

「いらっしゃいませ。」

声をかけられたので事情を説明すると、店員さんは何種類かの香水のサンプルを持ってきてくれた。

1つ目、2つ目と匂いを嗅ぎ、3つめの匂いを嗅いだ瞬間⋯

「こ、これです。この香水!」

店員さんは微笑みながら言った。

「見つかってよかったです。実は私もこの香水をつけてるんです。お話のイメージからこれかなと思ってたんですけど、実際に自分でご判断されたほうがよろしいかと思いまして。」

「何ていう香水ですか?」

「Miss Dior(ミス ディオール)です。」

ついに運命が微笑んでくれた。

私はそんな気がして嬉しくなった。
早速購入しその香水を手渡された時、最高の宝物を手に入れたような気がして胸が高鳴った。

その後、優希さんにお礼のクッキーを渡し上着を返すと急いで家に帰った。

ドキドキしながら箱から香水を取り出し、部屋にワンプッシュしてみた。
すると部屋の空気が穏やかで優しいものに変わった気がした。常に優希さんに包まれてるようで、幸せな気分になった。

その日から眠れない夜や寂しい時、優希さんを感じたくなると、部屋にほんの少しだけミスディオールの香りを振り撒いた。そうすることによって、私は穏やかな時間と安眠を手に入れたのだ。

でも⋯

1つだけ決めている事がある。
決して自分にこの香水はつけない。
この香りは優希さんだけのもの、私はそう思っているから。



あれは、もうすぐ冬がやってくる頃の出来事だった。

サークルの帰りにファミレスで夕食をとることになり、優希さんと私も行くことにした。

みんなで次のライブの話で盛り上がっていた時、ふと隣のテーブルに目をやると、5歳位の男の子と両親の親子連れがいた。

私は注意を払うのをやめようと思ったが、自然に会話が耳に入ってきた。

「お母さん、お姉ちゃんを連れて来なくてよかったの?」

「お姉ちゃんはテスト勉強で忙しいから置いてきたの。あなたは何も気にしなくていいから、早く好きなものを選びなさい。」

私はその言葉を聞いた途端、過去の出来事がフラッシュバックして過呼吸をおこした。

気づいた時にはお店の外に連れ出され、優希さんに抱き抱えられていた。

「す、すみません、私…。」

「落ち着いた。喋らなくていいよ。送ってくから帰ろう。」

優希さんがアパートまで送ってくれたので、部屋に入ってもらった。

「送ってもらってすみません。優希さん、夕食食べ損ねちゃいましたよね。昨日作ったビーフシチューがあるんです。すぐ用意するんで食べてって下さい。」

「いいよ、すぐ帰るから。無理しないで休みなよ。」

「いいえ、もう大丈夫です。そこの椅子に座って少し待ってて下さい。」

私は冷蔵庫からビーフシチューを取り出し火にかけると、その間にトマトをスライスし、モッツァレラチーズを挟みカプレーゼを作った。

同時に、トースターに入れておいたフランスパンもこんがり焼けたので、ガーリックバターを塗った。

テーブルに2人分の食事を用意して、優希さんに食べるよう勧めた。

「美桜って、こんなに料理ができるんだ。本格的すぎてびっくりだよ。」

「料理が特に好きなわけでもないんです。ただ必要に迫られて作ってただけで⋯。」

「どういうこと?」

「うちんち、私が小学生の頃まで母子家庭だったんです。そんなにお金はなかったけど、母から愛情を注いでもらっていたしそれなりに幸せでした。けど、私が中学に上がった頃に母が再婚したんです。それで弟が生まれたんですけど、その頃から母は父に嫌われまいと父の顔色を伺うようになったんです。」

「どうゆう事?」

「はい。父は血の繋がらない私を嫌っていたんです。父は実の子の弟を可愛がっていたし、私がいない3人の時はとても機嫌がいいんです。」

「それで?」

「さすがに食事は4人で食べてたんですけど、私がいると父の機嫌が悪いことに母が気づいたんです。それである時、母は私に言ったんです。あなたは勉強や部活で忙しいだろうから、今日からご飯は1人で食べなさいって。」

「えっ、そんな…。」

「そこから私は時間をずらして、ご飯を1人で食べるようになりました。弟の幼児教室の送迎や、パートで忙しい母に代わって私が夕食を作るようにもなりました。」

「美桜は一緒に食べないのに⋯?」

「はい。だから、さっき隣の親子連れの『お姉ちゃんの事は気にしなくていいから⋯』って会話が聞こえてきた時、自分のことを言われてるような気がして、過呼吸を起こしちゃって⋯。」

私は優希さんがあまり深刻にならないよう努めて冷静に話した。無意識に作り笑いさえ浮かべながら。

すると、優希さんが私の後ろに立ち、そっと体を包むように抱きしめてきた。
突然の事に驚いた私はうわずった声で聞いた。

「優希さん?」

「美桜、なんで⋯?」

「えっ?」

「どうして無理して笑うの?」

後ろから抱きしめられ優希さんの頬が私の頬に触れる。その時、温かく流れるものが私の頬に伝ってきた。

「優希さん⋯、まさか、泣いてますか?」

「私が泣いてるんじゃないよ。美桜の心が泣いてるんだよ。ずっと泣きたかったんじゃないの?なのに美桜が平気なふりして泣かないから⋯。だから、私が代わりに泣いてるんだよ。」

「⋯⋯⋯。」

「辛かったでしょ。私がこんなに悲しいんだから、美桜はもっと悲しかったはず。」

そう言われて、やっと気付いた。

(私って⋯、悲しかったんだ⋯。)

今まで考えないようにしてきた。
疑問に思わないようにしてきた。
苦しくなることが分かっていたから心に蓋をしてきたのに⋯、なのに、優希さんが今、私の心の蓋を開けてくれた。

その途端、私は堰を切ったように泣いた。私は優希さんに抱きしめられたまま、子供のように泣きじゃくった。優希さんの頬が私の頬に触れて、どっちの涙かさえわからなかった。
辛い過去の気持ちに寄り添ってくれた優希さんのおかげで、自分でも気づかなかった感情を吐き出すことができた。

しばらくして私が泣き止むと、優希さんが言った。

「美桜、一緒にご飯を食べながら私がたくさん楽しい話をしてあげる。悲しい思い出の上に、楽しい思い出をたくさん重ねていけばいいじゃん。」

そう言って、ぎゅっと腕に力を込めてくれた優希さん。私もそれに応えるように優希さんの腕を強く握り返した。

「もう少し、このままでいてもいいですか?」

私がそう聞くと、優しい声で優希さんが言った。

「もちろん、美桜がいいって言うまでこうしてるよ。美桜は私の可愛い妹なんだから。」

ミスディオールの香りと優希さんの優しさに包まれ、体中がふわふわとマシュマロのように感じ幸せだった。

一方で『妹なんだから』って言葉を聞いたとき、胸がチクッと痛んだ。その時はそれが何故なのか、自分自身まだよく分かっていなかった。

けど⋯

ホントはこの時にはもう気づいていたのかもしれない。

憧れという言葉の裏に隠した、自分の気持ちに。


To be continued.

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