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【ノスタルジア】Part4 ❦ GL恋愛小説❦

「美桜、いつからこうしてるの?風邪ひくから帰ろう。」

「どうして私のとこに来たんですか?今日はイブなのに綾人さんを放っておいていいんですか?」

「美桜を送ったら綾人のところに行くから。とにかく雪も降ってきたし帰ろう。」

「ここにいたいだけなんで、私の事はほっといて下さい。」

「ねぇ、急にどうしちゃったの?様子が変だから心配してるんだよ。今までわがままなんか言った事なかったのに。」

「わがまま言っちゃいけませんか?妹じゃなきゃいけませんか?」

「美桜⋯。」

「今、頭の中ぐちゃぐちゃでよくわからないんです。私だって妹でいたかった、妹でいられればそれだけで⋯。優希さんの隣で笑ってるだけで幸せだったのに⋯。」

そう言って立ち上がった私は視界が真っ暗になり足元がふらついた。体に力が入らずよろけた私を、優希さんがとっさに抱き抱えてくれた。

「美桜、体が熱いよ。額も熱いし熱があるんじゃない?雪に濡れたままこんなとこにいるから。ほら、支えるからゆっくり立って。」

そうして優希さんは私をアパートに連れ帰ってくれた。私は虚ろな目で目の前にいる大切な人を眺めながら、このまま優希さんの腕の中で眠れたらどんなに幸せだろう⋯と考えていた。

「美桜、着替えこれでいいよね。」

最後に聞こえたのは、優希さんのこの言葉だった。

優希は美桜の濡れたセーターを脱がせ、服を着替えさせようとしたその時、胸元のネックレスに気づいた。

「これって、美桜の誕生日に私があげた指輪⋯?」

そう、美桜は優希からもらった指輪をチェーンに通して、肌身離さず身に付けていたのだった。服の中に隠すように付けていたネックレス。美桜は服の上からよく胸元を触っていた。クセなのかなと思っていたけど、この指輪を触ってたんだ。

さらにベッド横のドレッサーに目をやるとあるものに気づいた。それはミスディオール。私が使っている物と同じ香水だった。

優希の頭に美桜との無数の記憶が浮かんできた。そしてある1つの答えが浮かんだ時、優希はそれを打ち消すように頭を振った。

美桜って私のこと⋯?
そんな⋯、まさかね。

美桜の寝顔を見ながら明け方まで寝ずに看病した。その甲斐あってか、熱は下がったようだった。しかし、目覚めた美桜と何を話せばいいのかわからず、気になりながらも私はアパートを後にした。

外に出ると雪が降り積もり街が静寂に包まれている。無音の世界が私の不安な気持ちに拍車をかける。美桜の何か言いたげな眼差しが頭から離れなかった。

でも⋯、今は何も考えないようにしよう。そう、心で思考にストップをかけた。何か答えを出してしまったら、元に戻りたくても戻れなくなりそうで⋯。私はそれがとても怖かった。

今思えば、この時美桜に向き合おうとしなかった臆病な気持ちが、全ての後悔の始まりだったのかもしれない。


カーテンの隙間から入ってきた朝日で美桜は目覚めた。少し頭痛がするが熱は下がっている。でも⋯、昨日の出来事を思い出した私はどうしていいかわからず頭から布団を被った。もう、後戻りはできない。「推し」って言葉を隠れ蓑にしてる自分に気付いてしまったから。

私は優希さんが好き。
優希さんに恋してる。

優希さんは私に妹になることを望んだ。この気持ちに気付かれて拒絶されることが、私は何よりも怖かった。

それから、どう接していいかわからない気持ちは同じだったのか、年が明けてもお互い連絡をとることはなかった。

春休みも近くなり、私は新しいバイトを探すことにした。すると条件の良い居酒屋があったので、そこの厨房で料理補助として働くことにした。

仕事にも少し慣れて周りを見渡す余裕が出来てきた頃、見慣れた人がカウンターに座った。

綾人さんだ。

横に女の人を連れていたので優希さんかと思って身構えたが、よく見ると同じ軽音サークルで私と同期の由佳だった。

仕事中だったし、声をかけることも無く視界に入る2人をチラチラとみていたが、誰が見ても距離感が近い。お酒が入っているせいもあるかもしれないけど、頬を寄せあったり相手の口元に手をやったりしている。
私は優希さんの気持ちを考えると、心臓の鼓動が激しくなった。

バイトを終えて駅に向かっていると、別の店から綾人さんと由佳が出てきた。私が信号が青になるのを待っている間にも、向こうにいる2人との距離が広がる。そして、声をかけられないくらい距離があいた時2人がホテルに入っていくのが見えた。私は慌てて駆け寄ったが間に合わなかった。急いでスマホを取り出し、綾人さんと由佳に電話をかけたが2人とも電源を切っていた。

次の日、私は由佳を呼び出し昨日見た一部始終を話した。そして、彼女がいる綾人さんとどうしてあんなことをしたのか理由を尋ねた。

「あのさぁ、そもそも美桜になんか関係ある?人の恋愛のことなんかほっといてよ。」

「恋愛?由佳だって知ってるでしょ。綾人さんは優希さんと付き合ってるんだよ。それなのにどうして人の彼氏に手を出すような真似をするの?」

「手を出す?誘ってきたのは綾人さんの方だよ。文句があるなら彼に言えばいいじゃない。だいたい、男が浮気するのって彼女に問題があるからなんじゃないの?」

「それにさぁ、美桜ってうざいよね。優希さんや綾人さんに気に入られてるからって人に説教して何様のつもり?言いたければ優希さんに言えばいいじゃない、私は構わないよ。でもまぁ、2人は本当に終わるだろうけどね、お節介なあんたのせいで。」

そう吐き捨て由佳は帰っていった。

私は由佳のやったことが理解できなかったし、もちろん綾人さんにも腹が立っていた。でも、こんなこと優希さんにはとてもじゃないけど言えなかった。

私が1人で悩んでいた時、既に綾人さんの浮気はサークル内の一部の間で噂になっていたようだ。私はしばらくサークルに行ってなかったから、そんなことは何も知らなかった。相手の女性に対しての情報はないらしく、由佳はそれを逆手に取り、自らに矛先が向かないように噂をデッチ上げた。

その噂とは、綾人さんが浮気してる相手が私だと言うこと。そもそも私は優希さんや綾人さんとよく一緒にいたし、綾人さんが私の事を『妹呼び』してた事も怪しまれる原因となった。そして、クリスマス以降サークルを休んでいることで更に憶測を呼んだ。

程なくして、優希の耳にもこの噂が入った。優希は信じられない思いだったけど、綾人に聞く前に情報源の由佳に尋ねる事にした。

「ねぇ、綾人のあのウワサって本当?」

「あー、綾人さんと美桜の話ですね。言い辛いんですけど、本当なんじゃないですか?だって、火のないところに噂は立たないって言うし。最近サークルに来ないのも優希さんに合わせる顔がないって事でしょう?。」

優希はそんなことがあるはずないと思いながらも2人の噂が頭から離れず、家で1人ビールを煽っていた。

でも、言われて見れば思い当たる節が幾つもあった。そもそもよく考えてみれば、私に近づいたのだって綾人の事が好きだからかも知れない。私と仲良くなれば綾人のそばにいられるから?それに美桜の部屋にあった香水。あれだって、私と同じ香水を使っていれば綾人に同じ匂いがついたとしても疑われることはない。

まさか、そこまで考えてた?

でも、考えれば考えるほどそれが正しい答えなんだとも思えてきた。

私は居ても立っても居られなくなり、酔った勢いで美桜のアパートの部屋の前に来ていた。そして、思い切ってチャイムを鳴らした。


美桜はこんな時間に誰だろうと思いながら扉を開けた。するとそこに立っていたのはしばらく会っていない優希だった。

「優希さん、こんな時間にどうしたんですか?」

「話があってきたんだけど、入ってもいい?」

「あっ、はい。どうぞ。」

美桜の心臓は驚きと嬉しさが入り交じり早鐘を打っていた。あったかいハーブティーを入れ優希にすすめた。

「しばらくぶりだね。元気だった?」

「あっ、はい。優希さんは?」

「私?⋯うん、そうだね、元気と言えば元気かな⋯。」

お互い一通りの社交辞令を終えると暫し沈黙したが、先に口を開いたのは優希だった。

「あのさぁ⋯、イブのあの日、熱があった美桜のこと残して帰ってごめん。大丈夫だった?」

「私こそ、あの日は色々とすみませんでした。ちゃんと謝りもせずに⋯。」

「うん⋯。てか、イブの日急に帰ったけど、どうしてあの公園にいたの?」

「⋯⋯⋯。」

「あの公園は私が美桜の誕生日を祝った公園だよね。その場所で美桜は『もう妹じゃいられない』って泣いた。あれってどういう意味なの?」

「⋯⋯⋯。」

「⋯⋯、濡れた美桜の服を脱がした時、私があげた指輪をネックレスにしてるの見たよ。今もつけてる?」

そう聞かれて思わず胸元に手をやりかけたその時、優希さんが私のそばにきて、指輪が付いたネックレスを服の首元から引き出した。

「今もつけてるんだね。」

「⋯⋯あの、優希さん、お酒飲んでますか?もしかして酔ってます?」

「お酒は飲んでるけど酔ってないよ。ただ、シラフじゃ聞けないことを聞きたくて、お酒の力を借りてるのかも知れない。」

「⋯⋯。」

優希さんは指輪のネックレスをしばらく眺めたあと、私の体を自分の体に引き寄せた。そのまま私の首元に顔を寄せ、大きく一息吸い込んだ。

「イヴのあの日、美桜がミスディオールの香水を持ってる事に気付いた。今はつけてないんだね。どういう時につけるの?デートの時?美桜が香水つけてるの気付いた事ないんだけど。」

「それは⋯。」

優希は最後のダメ押しをするかのように、美桜の耳元で甘くささやいた。

「ねえ、美桜は私のことどう思ってるの?」

美桜はついに避けて通ることが出来ない時が来たと思ったけど、うまく言葉が出てこない。すると、私の顔を覗き込んだ優希さんが、ゆっくりと両頬を指でなぞった。

「キスしていい?それとも、他の誰かのキスじゃなきゃ嫌?」

「えっ?」

「美桜が嫌なら何もしない。でも⋯そうじゃないなら、キスさせて。」

「⋯、でも、私は優希さんにとって妹なんじゃ⋯?」

「私の妹でいたいならそれでもいい。美桜がどうしたいか⋯選んでよ。」

「私は⋯優希さんの妹じゃない。優希さんのことが⋯好きです。」

私は美桜のこの言葉を聞いたとき、すでに後悔していた。美桜を試すような真似をしている自分が悲しかった。でも、もう後には引けない。

私は綾人と美桜の狭間で一体何に心が揺れているのだろう?

自分でも分からないまま美桜に向き合っていた。美桜を傷つける事になるのなら、この時に踏みとどまるべきだったのに。

愛することの境界線はいつだって脆く曖昧なもので、今の私は冷静な判断力を失っていた。

To be continued

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