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大人になると、不思議なものでしかめっ面をしやすくなる。 たいしたことを考えていなくても、とにかく顔をしかめる。 たいしたことを考えているかのように難しい顔をする。 考えていることは、たいてい、 「はー、この仕事つまんねー、はよ帰りた産業(株)」 とか、 誰かを意識して、 「やべ、真剣にやってるフリしよ」 とかである。 たぶん。わからんよ。わからんけどそんな気がする。 いやさ、本当に真剣にやってしかめっ面になっている人もいるでしょうよ。そんなところ突っ込むな
スタバにて。 世界史Aに滅茶苦茶マーカーを引いている女子高生が、英語単語帳の画面を撮影している女子高生に対して、 「ガンダム今日見た?」 「あ、ホームいたよー」 「うそー」 「いたいた。藤沢のホームにいたってほんとー」 「ガンダム、今日も元気でやってんだねー」 みたいな会話をしていた。 貴殿たち、よくガンダムなんか知ってるな。女子高生までリーチするガンダムすげーな。おい。と、わたしは、機動戦士ガンダムが藤沢駅のホームでJRをそぞろに待っている姿を想起しながらも、おそら
わたしの名前は剛士で、よく「剛」とか「たけし」とか間違えられることもあるのですが、「つよし」という名前の人についてはなんとなく親近感を持っています。 人の名前はもれなく親が想いをもってつけているんですよね。 最近は、この視点をもっていろいろな人の名前を眺めています。 みんないい名前だなーと。 むかし、保育園の卒業アルバムだかに我が母の和子によるコメントがあったのですが、 「剛士という名前は、金剛力士像からつけました。金剛力士のように強くなってほしいと思います」
※文章の50%が途中で消失したので、この文章は改めて書き替えます。 クリーピーという小説をすすめられて読んだらいやはやとまらなくなった。 人の心にいつのまにかしみこんでいく宵闇の伏線がよくできている。 この作品にはサイコパス偏差値80強の狂人が登場するのだが、作品のテーマの一つである『隣人』について考えていたところ、ふと、20代前半のころ東京西部の住宅街に住んでいたときに隣人であった或る男を思い出した。 この男は、クリーピーの登場人物とは知能指数的にまったく劣るものの
大人になると日々ちゃんと生きていても容赦なく呪いが降りそそぐこともあり、役所に出向くことになった。 受付で、早く残務を終わらせて漫画でも読みたそうな、はなから不機嫌そうな胃のニオイがする死神系女子に対応いただき、なにかと無配慮で人をいらだたせる物言いに、うーむ負けてはいけない、と、般若心経を心で唱えつつ、 「ソレ!にこにこぷん!あソレ!にこにこぷん!」と、終始にこやかにお話したものの、内心は修羅100%であった。 もしカウンターに冷酒が置かれてあれば、「ふざけんなこのや
吻久八年未明のこと当時の丸亀藩江戸饂飩役であった木ノ下蔵之介が、この坂にて将軍献上うどんを頭にのせてよちよち運ぶ途中、反饂飩派の先鋒であり戸隠忍軍の棟梁でもあった更科屋久右ヱ門の放った刺客により鉢ごとたたき斬られ死にさらしたことから由来。 いまだに、夜な夜な饂飩鉢をかついだ蔵之介がうらめしそうに現れ、 「いりこだしで候」と、謎の主張をするとのことである。 蔵之介のよくわからない主張に対して、 「あいや、その方の饂飩とやら、結構な御手前で御座った」と返さないと寿命が八年縮ま
オフィスでパワーポイントをカタカタ作っていると強い地震の揺れをくらい、もしかして今日死ぬかもしれねーなと思い、ラストの晩餐を食そうと川崎市にあるターミナル駅の餃子の王将に入ろうとしたら、入店拒否をされるという事態に直面した。 「すんませーんラストオーダー終わっちゃいましてー」 あ、そうすか。 ほんじゃしかたなしってんでKAWASAKIスラム街をさまよい、そこそこ人のいる小汚い中華料理屋に入ったらイヤな予感がする。 俺の勘はよくあたるので有名なのだ。 一応、この俺はど
消灯した掘りごたつの部屋。閻魔蟋蟀のように首をかしげ鎮座した親父が、テレビの灯りを肴に湯で薄めた日本酒をあおりながら 「オメーよ、今はわけーからいいけどよ、ちゃんとした飯食ってねー奴はあとからくっからな。だいたいマクドナルドのハンバーガーだってお前あんなの毎日喰っているやつの脳味噌はスポンジになっちまうからよ。まだ牛丼の方が飯粒だからいいよ。まーでも俺のよう、昔の友達が、吉野家ってあんだろ、あの牛丼がバカみてえに好きでよ、で、毎日牛丼つゆだくをよ、さんざっぱら食ってたら