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マーボー沼へようこそ

オフィスでパワーポイントをカタカタ作っていると強い地震の揺れをくらい、もしかして今日死ぬかもしれねーなと思い、ラストの晩餐を食そうと川崎市にあるターミナル駅の餃子の王将に入ろうとしたら、入店拒否をされるという事態に直面した。

「すんませーんラストオーダー終わっちゃいましてー」

あ、そうすか。

ほんじゃしかたなしってんでKAWASAKIスラム街をさまよい、そこそこ人のいる小汚い中華料理屋に入ったらイヤな予感がする。

俺の勘はよくあたるので有名なのだ。

一応、この俺はどんな店に入っても、「おーす」とかいって自分の存在をPRすることに余念がないのだが、鍋を振っている東南アジア系の女の子からは返事もなくやけに無愛想だ。

カウンターに座って彼女をそっとみると、うっすら髭が生えている。あやしさゲージに星が一つが追加される軽快な効果音が頭の中になる

えっと、マーボーセット(半マーボー丼と半味噌ラーメン)で。あと半餃で。

ふ、決まった。物事に躊躇しないこの注文スピード。

常日頃素早い意志決定をしているから、そのたまものだなぁ。と、思い、出されたお冷のクラッシュ氷をカリカリしていると、

ヒゲの子から、「ハイ、マーボー」と、マーボー丼をわたされる。

はや。

すると、

となりのおっさんから、

「あ」

という抗議を匂わせる発言があり、お髭さんが、「あ。間違えた。となりの」と、無表情でいうので、わたしの手からおっさんに配膳し、おっさんから感謝される。

が。そっちか。そっち系のマーボーか。

具はネギと豆腐のみ。粘度の強すぎる水溶き片栗粉の沼。

やっちまった。八街産業株式会社。

冷静なつもりでいても、地震で動揺していたのだろうか。はじめての店で、実物を見ずマーボー豆腐を頼むなんて不用意すぎるよ。

チャーシュー麺だって信頼する店以外は頼まない。小一時間、ミーティングルームでリスクヘッジとは何かについて説きたいくらいだ。

まあいい。やがて、俺の目前に沼豆腐と味噌ラーメンと、餃子が登場する。

右どなりの青年は2ちゃんまとめを肴にカレーライスをかっくらっている。

社会人の先輩として言わせてもらうと、君は万年平社員だと思うよ。

で、左を見ればおっさんが猛烈な勢いで、ずーずー、マーボー沼を吸い込んでいる。ごめん、ずーずーは嘘だ。

でも、そんな感じで鋭意胃袋にマーボ沼をインポートしている。

では、拙者も、と、おそるおそるスプーンですくうと、ねちゃでろん、という効果音が合いそうな、沼。

よくよく見やれば障子を貼るのりにやっつけで辛味噌と味の素を添加され、豆腐をはらみつつ、すっかり乾燥した長ネギを散らしてるという風体だ。

マーボ―沼呼ばわりしてしまったが、控えめに言っても豆腐のはいった辛いでんぷんノリと言っても過言ではなかろう。どうしてこうなった。責任者でてこい。

案の定、化調が強くビリビリしている。だめだこれは食えない。神様ごめんなさい。

と、左をみるとおっさんは、沼をあっさりコンプリートし、味噌ラーメンもスープを飲み干し、さも清々しそうに、「ごちそうさん!」とかいってやがる。

おのれ、若手の俺が、う、だめだ。と、俺は辛みの沼地から豆腐だけ救い出しひーひー逃げてきた。

夜道に風が走って、ブーツの靴底の音がアスファルトを死へ向かって歩いてゆく。

せめてうまいマーボー豆腐を食ってから死にたい。

せめてうまいマーボー豆腐を食ってから死にたい。

せめてうまいマーボー豆腐を食ってから死にたい。

そう三回唱えると、死神が身体からはなれ、すこし軽くなった視界の右上に中途半端な明るい月。

#エッセイ

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ひらたつよし
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