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【第18日】母の音色、新たな調べ

認知症の治療の鍵は「新しいことを覚える」ことにあるのではないか——そんな考えが私の心に芽生えていた。母は昔の思い出を生き生きと語るのに、最近の出来事はすぐに忘れてしまう。そのたびに、口癖のように「面倒くさい」と呟く母の姿があった。

ある日、私は母に漢字検定の勉強を一緒にしようと提案した。新しい漢字を覚えることで、脳を刺激できるかもしれないと思ったのだ。しかし、母の興味は湧かず、長続きしなかった。私自身も興味のないことを覚えるのは苦手だから、その気持ちはよく分かる。

では、母が心から情熱を注げるものは何だろう。思い浮かんだのはピアノだった。母は若い頃からピアノが大好きで、その音色に心を込めてきた。「新しい曲に挑戦してみない?」と尋ねても、「面倒くさいわ」と笑って首を振るばかり。

ところが先日、母はたまたま参加した高齢者の集まりでピアノを弾いたという。皆から喜ばれ、拍手に包まれた母は、まるで少女のように輝いていた。その姿を見て、私は胸が熱くなった。

「お母さん、私にも聴かせて」とお願いすると、母は嬉しそうにピアノの前に座った。指先が鍵盤に触れると、懐かしいメロディが部屋中に広がった。新しい曲でなくても、母が楽しそうに奏でる姿を見るだけで、私は幸せな気持ちになる。

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私は双極性障害を抱え、母は認知症を患っている。病が進むにつれ、私たちは現実を見失い、自分が誰であるかもわからなくなる。そんな私たちは、まる…

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