#読書感想文 遠藤周作(2021)『深い河』
遠藤周作の『深い河(ディープ・リバー)』を読んだ。2021年に出された改訂版の講談社文庫である。解説は研究者の金承哲。
『深い河』は1993年6月、遠藤が70歳のときに出版されている。彼は1996年に73歳で逝去してしているため、晩年の作品と言えるだろう。
深い河とは、ガンジス河を指す。妻を亡くした磯辺は妻に生まれ変わると告げら、日本人の生まれ変わりだと話す少女のいるインドに向かう。
磯辺、美津子、絵本作家の沼田、ビルマ戦線で飢餓に苦しみ、仲間の人肉を食べろと言われて吐き出してしまった木口らが、インドのツアーに参加している。
本作では磯辺の妻の介助ボランティアをしていた成瀬美津子の造形が白眉であると思う。大学時代の彼女は奔放で意地が悪い。キリスト教と真剣に向き合う大津をからかってもてあそぶ。結婚してもうまくいかず離婚をして、気まぐれで病院の介助ボランティアをするものの、病人の心には寄り添わない。冷徹でエゴイスティック、こういう人がいるに違いないと思わせるようなリアリティが美津子にはある。人当たりがよさそうにして、素知らぬ顔で意地悪をする人に遭遇したことがあればわかってもらえると思う。また、美津子と大津は互いが気になっているものの、恋愛関係には陥らないし、助け合うこともない。この冷たいけれども、生きる限りは続いていく関係性の描かれ方はフィクションではあまり見たことがない。
大学時代に美津子にとことん馬鹿にされ、ヨーロッパの教会に馴染めなかった大津もインドに来ていた。死期を悟った天涯孤独のアウトカーストは流されるためにガンジス河までやって来て、行き倒れになっている。そして、川のほとりで火葬される。大津は、日々アウトカーストを背に乗せて運んでいたのである。
イエスに少しでも近づくため、大津はそのようなことをしていたのだが、首相の暗殺に苛立ち、激昴したヒンズー教徒たちに取り囲まれ殴られ、首を折られてしまう。そして、大津が危篤状態になったところでこの小説は終わる。大津の中に、確かにイエスの働きがあった。しかし、「神の不在」を強く感じさせる結末に驚いた。
一方、妻を亡くした仕事人間の磯辺は妻の生まれ変わりを見つけることができない。そして、旅の途中で、あることに気づく。
わたしにとっても、この文章はとても重い。わたしも、たくさんの人に出会ってはいるが、ふれあえた人間は、ほとんどいない。そのことを虚しく感じるが、どう努力すべきか、どう足搔くべきか、どれほどみっともないことをすればいいのかすら見当がつかない。わたしに「生活」はあるが、「人生」はないのかもしれない。