マガジンのカバー画像

創作小説集

8
運営しているクリエイター

#創作小説

 あなたは、消えてしまいたいと願ったことがあるだろうか。理由はなんでも構わない。とにかく現状から抜け出したい。もがいてもがいて、気づけばがんじがらめになって、固結びになってしまったそれを解くのにも疲れ、長い長い結び目たちを引き摺って歩く。そのうち気づくはずだ。解くよりも、全て無にしてしまったほうが楽だと。

 目を覚ますと、何の変哲もないいつもの自室だった。家賃をケチって借りた狭い部屋には、ローテ

もっとみる
透けた虚栄心、坂を下って

透けた虚栄心、坂を下って

 人間とは不可解だ。相手のことなど全くわからなくとも信用関係を築くことができる。もちろん言葉を交わして親睦を深めることはできる。だがその言葉の全てが信頼に値するかどうかなどわからない。何となく雰囲気で、我々はそれらを真実として疑わない。疑ってしまった時点で、正誤がわからない以上、疑った方が不誠実になってしまう。そうなってしまえば、答え合わせのない人間関係などどこまでいっても薄っぺらいものでしかない

もっとみる
永い憂鬱

永い憂鬱

「知ってる?死んだ人の脳を食べると幸せになるんだよ」
 同窓会が終わりに近づいた頃、久々に会った彼女は唐突にそう呟いた。

 大学へと進学し、地元の仲間と疎遠になり、ろくに彼らと連絡を取ることもしなかった。進学を機に仲が悪くなったわけではない。その当時、一度築いた友情は確固たるものであると錯覚していたのだ。
 だが現実はそうではなく、野風に晒され続けたそれは、知らぬ間に風化していた。
 かつての友

もっとみる

土着神の観測

 世界各地を旅していた時の話だ。ある湿度の高い地方の街を訪れた。

 街は海が近く、市場にはさまざまな煌めく鱗が並んだ。海に鍛えられた男たちは屈強で、その男を支える女もまた、快活で逞しかった。
 背の低い家々が並ぶその通りにはさわやかな潮風が吹き、海に向かう子どもたちが駆けていた。少し歩けば美しい海が見える岬があった。

 その岬から海を眺めているとき、私は視界の隅に小さく蠢く黒い何かを捉えた。目

もっとみる

私、ラブロマンスが好きなの。

 別れは自分から切り出した。
 特に大きな喧嘩もないまま3年付き合った彼女は、裏では他の男と浮気をするような薄情な女だった。
 それが発覚した時、不思議と悲しみや怒りの類の感情はなく、どこか滑稽に感じている自分に驚いた。
 
 愛していなかったわけではない。まめに連絡をとり、彼女との時間を多く設け、記念日にはプレゼントを贈った。休みの日には人気のデートスポットへ出かけたり、安いながらも清潔にしてい

もっとみる