#6 読書で世界一周 |ヘヴィメタルと、青春時代にしか没頭できないこと 〜ラトヴィア編〜
「読書で世界一周」は、様々な国の文学作品を読み繋いでいくことで、世界一周を成し遂げようという試みである。
現在は、北欧のバルト三国を周遊中。6カ国目の今回は、ラトヴィアを訪れる。
ヤーニス・ヨニェヴスさんの『メタル'94』という小説を取り上げる。
ヤーニス・ヨニェヴス|メタル'94
著者のヤーニス・ヨニェヴスさんは、ラトヴィアの首都リガから南西に約40キロ、地方都市イェルガワ出身の小説家だ。本作『メタル'94』で鮮烈なデビューを飾り、「ラトヴィア文学界の新星」と称されている。
私は本作をきっかけに、「EU文学賞」という文学賞があることを初めて知った。2008年に創設された同賞は、EU加盟国・近隣諸国を含む37カ国を対象に、欧州の新進気鋭の作家に贈られる賞とのこと。今後注目していきたい文学賞だ。
メタルと共にあった青春時代
本作の舞台は、1990年代半ばのラトヴィア・イェルガワ。時代背景としては、ソ連の支配から解放され、社会全体が大きな変革を迎えていた時期だ。
あらすじにもあるように、本作は著者自身の青春時代を綴った自伝小説だ。そのため、当時のラトヴィアの様相が、細部にわたり回顧されている。
本作は、当時ラトヴィアで隆盛したヘヴィメタルの動向と、その音楽に熱狂する少年たちの青春が主題である。大きな過渡期を迎える国で、メタル音楽と共に青春時代を過ごした著者の、葛藤や郷愁が描かれている。
14歳のヤーニス少年は、アメリカのロックバンド・ニルヴァーナのカートが拳銃自殺を遂げたことをきっかけに、優等生であることをやめ、不良の仲間入りをする。これが人生の転機だった。
入り込んだのは、セックス・ドラッグ・ロックンロールの世界。彼は90年代のヘヴィメタル文化にどっぷりとハマり込んでいく。夜ごとメタル仲間たちとたむろし、熱狂に包まれたライブ会場を彷徨い、いつの日か自分のバンドを結成する日を夢見てすごす。
ーーそして15年後。大学を卒業して仕事につき、ヘヴィメタルからすっかり疎遠になっていたヤーニスは、あることがきっかけでメタル音楽に再会する。夢破れた青春時代を回顧し、ただがむしゃらに生きていた当時は見えていなかった、若き日々の輝かしさを再発見する。
私はメタルに関して全くの無知だが、「ニルヴァーナ」の名前は聞いたことがあった。赤ちゃんが水中でお金を追いかける「Nevermind」というアルバムの、挑戦的なジャケットも目にしたことがあった。
本作には、とにかくニルヴァーナの楽曲が頻繁に登場する。著者がニルヴァーナの音楽と共に、青春時代を乗り越えたということがよくわかる。
私は青春時代をMr.Childrenの音楽と共に過ごしたのだが(そして今も共に過ごしているのだが)、人生の節目とミスチルの楽曲が結びつくあの感覚が良くわかり、ヤーニス青年に共感した。
好きな音楽が、すぐ隣にいてくれる心強さ。脆く繊細な思春期を乗り越えるうえで、音楽が果たす役割は大きいと思う。
熱狂のヘヴィメタル文学
本作を読んでいると、90年代のラトヴィアの、はみ出し者の文化を仔細に知ることができる。特に、ヘヴィメタル界隈のコミュニティや独自の文化について、詳しく語られている。
メタル音楽についてある程度の知識を持っていると、本作をより深く楽しめると思う。所々で解説はあるものの、読者がメタルを知っている前提で書かれている小説だと感じた。
それにしても、ひとくちに「ヘヴィメタル」といっても、その中にさらに細かな違いがあることを初めて知った。例えば、デスメタル、ブラックメタル、ドゥームメタルといったような違いである。そしてそれぞれのメタルに熱狂的なファンがいて、それぞれに譲れない誇りがあるようだった。
ヘヴィメタルを扱った小説だからそう感じるのかもしれないが、文体もヘヴィメタルを聴く時のように、本能に任せて書かれているように感じた。
世の中に怖いものはないと半ば強がってみせる、不良少年のひとり語りの文体。タバコもアルコールもやるけれど、中身はまだまだ子供で、純粋な心を持っている。そんな思春期の繊細な心情が、文体によく表れていた。
詩的な表現が随所にあって、音楽を聴くように、言葉を浴びながら読む読書だった。これをラトヴィア語の原文で読むことができたら、もっとその魅力を味わえるのだろうと思った。
青春時代にしか没頭できないこと
本作を読んでいて感じたのは、「誰にでも青春時代にしか没頭できないことがある」ということだった。
ヤーニス青年は、青春の全てを捧げて、ヘヴィメタルにのめり込んだ。彼の生活の中心は、家庭でも学校でもなく、ヘヴィメタルだった。仲間とテープを貸し借りし、ライブ会場に忍び込んで生の音楽を浴び、バンドを組んで世界のヒットチャートを賑わす夢を語り合った。
そんな彼でも、成長するにつれて、メタル音楽から遠のいていった。結局、自分のバンドを結成することも、ギターが上達することもなかった。そのことを心のどこかで後悔しつつも、これが自分の人生なのだと割り切って、後の人生を歩んでいった。
他者の介入を許さない、自分だけの揺るぎない世界があること。人生を全てを懸けて、熱中できる好きなものがあること。それは、本当に価値があることだ。
そして往々にして、好きなことにひたすら没頭することができる時期は、人生において非常に短い。本作のメタル音楽のように、青春時代にしか没頭できないことが、数多くあるだろう。大人になってから振り返ってみると、その時代の輝かしさに初めて気づくのだ。
社会の流行が目まぐるしく変化し、メタルだけが生き甲斐だった仲間たちも離れていく中、自分だけが同じ道を進み続けるのは難しい。だからこそ、ぶれずに好きなことを貫いた人が、格好良く見える。
本作がヘヴィメタル好きだけに留まらず多くの読者を獲得したのは、誰の心にも訴えかける、普遍性があるためだ。読み手は、ぞれぞれの青春時代を回顧し、かつて夢中になっていたものに思いを馳せ、ノスタルジーな感覚に浸るのだ。
「読書で世界一周」、6カ国目のラトヴィアを踏破。次の国へ向かおう。
7カ国目は、北欧のフィンランドだ。ここからスウェーデン、ノルウェーと、スカンディナヴィア半島に足を踏み入れていく。
バルト三国のうちリトアニアは、邦訳された文学作品を見つけることができなかったため、一時保留とする。取り上げたい作品を見つけたら、戻ってくることにしよう。
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