書簡体小説は、新境地へ。 【おすすめ書簡体小説3選】
「書簡体小説」とは、登場人物の書簡を用いて、間接的に物語を展開する小説のことである。
古くは、ゲーテの『若きウェルテルの悩み』、夏目漱石の『こころ』など、数々の傑作文学でこの手法が用いられてきた。
2年ほど前、書簡体小説がなぜ読者を惹きつけるのか、その面白さについて考え、noteを書いたことがある。
手紙には、宛先がある。
手紙に書かれる文章は、通常の小説のような不特定多数に向けた文章ではなく、特定の個人に宛てて綴られた文章だ。
書き手と読み手の世界に閉じた、ごく個人的な文章。そこには、通常の小説よりも登場人物の内面が強く表れる。
その手紙を第三者の視点で盗み見る読者は、登場人物たちをより親密に感じ、物語の世界に深く入り込むことになる。
さて今回は、私が個人的に好きな書簡体小説を、3冊ご紹介する。
いつもの小説とは一味違う、奥深い書簡体小説の世界へ、どうぞご一緒に。
森見登美彦|恋文の技術
森見氏の書く書簡体小説が、面白くないわけがない。
本作では、主人公の守田くんが「文通武者修行」と称し、様々な人物に対して手紙を書く。宛先の人物ごとに、章立てが組まれている。
物語は全編、守田くんが書き散らした手紙の文面によって成り立っている。
それに対する返信は一切書かれていないので、守田くんが次に出す手紙の内容をもとに、どのような返事が返ってきたのかを読者が脳内で補完する。
本作の面白さは、ひとつの時系列で起こった出来事を、時間の流れに沿って往復書簡形式で描くのではなく、手紙の宛先ごとに章を区切り、あえて時系列をズラして描いている点だ。
そのため読者は、全ての章を照らし合わせて読むことで、ようやく物語の全体像が掴める構成になっている。この感覚が癖になる。
序盤で友人や先輩に送っていた手紙の文面の謎が、後半で別の人物へ宛てた手紙を読むことでようやく明らかになったりする。伏線回収が見事な書簡対小説である。
特筆すべきは、ラストの五山の送り火のシーン。書簡対小説だが、その美しい情景が映像として浮かんでくるところがすごいと思った。
一穂ミチ|スモールワールズ
本作には、誰もが持つ「小さな世界」をクローズアップした、6つの短編が収められている。
実は、収録作品すべてが書簡体小説というわけではない。そのうちのひとつ、「花うた」という短編が、書簡体小説になっている。
もちろん、短編集全体を通して非常に素敵な作品だが、特にこの「花うた」が、私にとって鮮烈な印象を残した。
「花うた」は、とある殺人事件の被害者遺族と、加害受刑者の往復書簡で構成された作品だ。
当然ながらはじめは、両者の間には感情的に深い隔たりがある。被害者側の怒りや悲しみが、加害者を強く責め立てると同時に、心理的な壁を作っている。
その後、手紙を交わすたびに徐々に形を変えていく二人の関係性、そして物語の結末が、胸に刺さる。
本作は、書簡体小説でしか描けない感動を有している。手紙の形式で書かれているからこそ、登場人物たちの心の声がダイレクトに届くのだ。
アマル・エル=モフタール&マックス・グラッドストーン|こうしてあなたたちは時間戦争に負ける
書簡体小説は、新境地へ。
実は本作を紹介したかったがために、今回のnoteを書くことに決めた。
本作は実にハードなSF小説で、無数の世界線を行き来しながら超常的な戦争を繰り広げる、ふたりの女性戦闘員が主人公だ。
戦闘員のレッドとブルーは、時間や空間の制約を超えた数多の世界線で、常人には考えも及ばない技巧的な手段を用いて”手紙”を交換し合う。
”手紙”と言っても、本作ではもはや紙の体裁を取らない。
我々現代人には想像も及ばない超絶技巧の数々で、メッセージを送り合う。手紙の伝達方法でいかに相手を驚かせるかという、新種の競技が始まっている。
かろうじて往復書簡形式の書簡体小説であることはわかるが、正直読者は置いてけぼり状態である。
アクロバティックな手紙の数々に翻弄されるうち、ふたりの戦争とロマンスは、終結へと向かっていく。
物語の終盤、「なるほど!」と思わず唸ってしまう展開が待ち受けている。しっかりSF的な面白さもありつつ、私はやはり、本作を書簡体小説として推したいと思う。
こんな書簡体小説、読んだことない。「もう普通の書簡体小説には飽きた!」という方は、ぜひこちらを手に取ってみていただきたい。
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