#9 読書で世界一周 |”アイスランド×ミステリ”の化学反応 〜アイスランド編〜
「読書で世界一周」は、様々な国の文学作品を読み繋いでいくことで、世界一周を成し遂げようという試みである。
”スカンディナヴィア半島編”、ここまでフィンランドからスウェーデンへと、陸続きに進んできた。ここで一度、北大西洋へと船を出し、アイスランドを訪れる。
アーナルデュル・インドリダソンさんの『湿地』という小説を読む。
アーナルデュル・インドリダソン|湿地
偶然にも、アイスランド
スウェーデンで『ミレニアム』を読み、当初はそのまま陸続きに、ノルウェーへと移動する予定だった。
そんな中、大学時代の友人とおすすめの本を紹介し合ったとき、友人が勧めてくれたのが、偶然にもノルウェーの次に行こうと思っていたアイスランドの小説だった。
「これも何かの縁……!」と感動してしまい、急遽予定を変更して、いそいそと海へ乗り出しアイスランドへ。
アイスランド共和国は、日本と同じく島国であり、北大西洋のど真ん中に浮かんでいる。
氷河が国土の10%以上を占める”氷の国”であり、南北60~70度の「オーロラベルト」と呼ばれる緯度に位置するため、冬季にはオーロラを観賞することもできる。
一方でアイスランドは、現在も活動中の活火山が無数に存在する”火山の国”でもあり、国土の60%近くを溶岩質の土壌が占めている。
すなわち、アイスランドは”氷と火山の国”なのである。なんとも厨二心をくすぐる響きだ。「ONE PIECE」で赤犬と青雉が対決した、パンクハザードを思い出す。
すべてが広大な北の湿地のような
これは、作中で主人公の捜査官・エーレンデュルが、娘のエヴァ・リンドに、事件について話すときにこぼした台詞だ。
私が本作『湿地』を読み終えた感想が、まさにこれだった。本作はアイスランドが舞台の北欧ミステリだが、作品全体を取り巻く雰囲気が暗くてジメジメした湿地のようで、言い得て妙な表現だと思った。
著者のアーナルデュル・インドリダソンさんは、アイスランドの首都・レイキャヴィク出身のミステリ作家。
”北欧ミステリの巨匠”と称されており、本作『湿地』で、北欧で最も権威のある文学賞「ガラスの鍵賞」を受賞している。
本作の舞台は、レイキャヴィクのアパートの地下室。10月のとある日、老人が何者かに殴殺されているところが発見される。現場には、3つの単語が羅列された謎のメッセージが残されていた——。
他方、主人公で事件を調べる捜査官・エーレンデュルの別れた妻から、知り合いの家族の娘が、結婚式の最中に突然失踪したと知らされる。エーレンデュルは、殺人事件と失踪事件、ふたつの事件を同時に追っていくことになる。
そして、上記のメインストーリーと並行して、薬物中毒に犯された娘・エヴァ・リンドとの、父親としての葛藤も描かれる。大きくはこの三本柱で、場面が目まぐるしく切り替わり、読者を飽きさせる間もなく物語は進行する。
”典型的なアイスランドの殺人”とは?
本作を読んでいて”アイスランドらしさ(?)”を感じたこととして、殺人事件の捜査官たちが、現場に残された謎のメッセージを前に困惑するシーンがある。
「いや、どこの国でも殺人者が意味のあるメッセージを残すのは稀では……?」とは思ったが、本作を読む限り、どうやらアイスランドには、”典型的なアイスランド人による殺人”という共通認識があるようである。
典型的なアイスランド人による殺人の特徴として挙げられているのは、「汚くて無意味」「不器用」といったもの。そもそも殺人事件に美しいも汚いもないのではと思うが、「アイスランド人は計画性がなく、その場の感情に任せて事件を起こす」みたいな偏見(自虐?)が書かれていた。
これは、どういった文化的背景から来る描写なのだろう? 著者の単なる(ブラック)ジョークだろうか? 気になるところだ。
とにかくそんな共通認識があるものだから、作中の捜査官たちは、現場に残された謎のメッセージに、これでもかと振り回されるわけである。
風土と事件を結びつけて描く
アイスランドは非常に雨が多く、年中風も強い寒冷気候の国。なんとなく”自然豊かな国”というイメージを持っていたが、実は草原や森などの緑は少なく、冒頭でも書いた通り、溶岩の原野が広がる火山島である。
1日のうちでも天気が変わりやすいため、アイスランド人の会話は、天気の話題が多いのだそう。そう言われてみれば本作も、天気に関する描写が多かった気がする。
このアイスランドの、雨が多くてジメジメした気候が、本作の事件の不穏さや陰湿さにマッチしていて、かなり良い感じだった。空には常に雲がかかっており、そんな薄暗い雰囲気が、本作にぴったりだった。
スウェーデンの『ミレニアム』もそうだったが、世界的に評価されている北欧ミステリ作品は、自国の風土・文化と、作中で起こる事件・捜査を結びつけて書くのが上手い。
ページをめくるたびに感じられる”北欧の風”が、国内外の読者を惹きつけるのだろう。
ミステリというジャンルを確立した偉業
実はアイスランドでは、アーナルデュル・インドリダソンさんの作品が評価されるまで、ミステリがジャンルとして確立されていなかったとのこと。それまでは、シリアスな文学作品だけが、文学のジャンルとして認められていたらしい。
人口の少ないアイスランドでは、派手な殺人事件を描いたミステリは現実味がなく、なかなか受け入れられなかったのだろうか。(ちなみにアイスランドの人口は約37万人(2023年時点)で、新宿区の人口よりも若干多いくらい)
いずれにしても、ミステリをジャンルのひとつとして確立するなんて、これはかなりの偉業である。
本作『湿地』は、45章からなる短い章立てで構成されており、1章1章のテンポが早くて読みやすい。著者曰く、アイスランドに古くから伝わる伝承文学”サーガ”に則り、短く簡潔な表現を意識して書いたとのこと。
アイスランド独自の風土や歴史、文化が、殺人事件とどう関係してくるのか。ぜひ読んで確かめてみていただきたい。
「読書で世界一周」、9カ国目のアイスランドを踏破。次の国へ向かおう。
10カ国目はスカンディナヴィア半島編もいよいよ最終回、最西端のノルウェーへと歩みを進める。どんな作品に出会えるだろうか。
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