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今日も、読書。 |この作品は「震災もの」ではない

2022.4.17 Sun

カラ兄:中巻 197ページ

この作品は「震災もの」ではない。だれかの日常であり、あなたの日常であり、これからも続くものだと思う。

p119、あとがきより引用

くどうれいんさんの『氷柱の声』を読む。「氷柱」と書いて「つらら」と読むことを、初めて知る。

東日本大震災がテーマの本作。しかし著者はあとがきで、これは「震災もの」ではないと、明確に書いている。そこに、読者が受け取るべきメッセージが込められていると感じる。

主人公の伊智花は、岩手県で震災に見舞われた。内陸部だったこともあり、津波による大きな被害はなく、家族も無事で、比較的早く生活を再開することができた。

そういった経緯から、彼女は「震災を語ること」に対して、ある種の抵抗を覚えるようになる。自分なんかが、震災の辛さを語る資格はないのではないかと、思い悩む。著者も同じ思いを抱いていたことが、あとがきで明かされている。

この作品を書くまでわたしは震災のことをなるべく話さなくていいようにしてきたし、話すことがあれば、とても身構えた。震災について「語っていい」のは、それが許されるほど深い傷を負った人か、「進んで責任を負える人」だと思っていた。

p115、あとがきより引用


2022.4.18 Mon

245日目。

カラ兄:中巻 197ページ

被災者として何かを語る時、相手は意識的にせよ無意識的にせよ、「被災者の人生」というフィルターを通して、話を聞くのだと思う。そのフィルターは、震災の被害を受けた「悲劇」であったり、震災を乗り越えて懸命に生きる「美談」だったりする。聞き手はそのフィルターを通過してきた悲劇や美談をクローズアップするし、またそういう話が聞けることを期待もする。

僕はただ暮らしているだけなのに、確かに僕の人生は感動物語として消費されてしまっているかもしれない。でも、考えてみると、ある日突然家族も家も全部なくしてしまった僕は、もうどっちみち美しい物語を歩むほかないんじゃないかって思ったりするんすよ。

p96より引用

これは、私が本書の中で最も印象深かった言葉だ。被災後に上京して働く中で、「お前は被災したお情けで採用された」と心無い言葉をかけられ、地元東北へと戻ってきた青年の言葉。彼がこんな開き直った台詞を吐かなければならない世の中は、やはり間違っているのではないだろうか。

本書では、震災を経験した人たちが抱える、周囲からの視線や評価への葛藤がクローズアップされている。

そこに悪意はなくても、人は無意識のうちに、被災者に対して偏見を押しつけている部分があるのだと思う。著者は意識的に、震災について話したり書いたりすることに対して、新しいアプローチを試みようとしていると感じた。

小説は、薄氷の上を慎重に踏み歩くような、繊細で正直な文章だった。本を読んで涙を流したのは、本当に久しぶりだった。




2022.4.19 Tue

246日目。

カラ兄:中巻 197ページ

今日は、ヴァージニア・ウルフの『青と緑』が「読めなかった」。

読書日記は、普通「読んだ」本のことについて書くものだと思う。しかし、本を「読めなかった」ことだって、正直な読書の記録なのではないか。

ウルフさんの小説は、最近書店でよく目にするようになって、長編『波』と短編集『青と緑』をいつか読もうと、すごく楽しみにしていた。Twitterの読書界隈の評価も高く、期待値が上がることは避けられなかった。

そんな念願の『青と緑』だが、どういうわけか中盤一歩手前あたりで、読めなくなってしまった。それは、この先もおそらく再開することはできないだろうという、ある種の確信を伴う挫折だった。私は『青と緑』を図書館で借りていて、返却期限は当分先だったのだが、その日のうちに返してしまった。

最近はあまりなかったのだけれど、本を多く読んでいると、こういう「挫折」はよくある。今回のように、多くの人が評価している人気作品でそれが起こると、自分の感性は世間一般とズレているのではなかろうか、と不安になる。

が、世間一般とズレているからなんなんだ、という変な意地もある。本を読むときに最も大切にしたいのは自分がどう感じるかであって、自分が楽しいと思えない読書を無理に続けることはしたくないし、自分が本当に読みたい本をいつだって追求したい。



2022.4.20 Wed

247日目。

カラ兄:中巻 238ページ

何気なくお店に入って、例えば無印良品なんかに入店して、「そういえば、あの人がこれ欲しがってたな、買っておいてあげようかな」と思えることは、すごく幸せなのではないか。

その小さな優しさによって、その人自身も幸せで、買ってもらう相手も幸せで、そこには物を贈るという物質的な幸福だけではなくて、隣にいない誰かのことを大切に想い、大切に想われているという幸福がある。



2022.4.21 Thu

248日目。

カラ兄:中巻 249ページ

アンソロジーが好きだ。

様々な作家さんが、特定のテーマについて文章を書き、それをひとつの作品として纏める。なんて素敵なアイデアなのだろう。アンソロジーは、個性の光る独立した短編作品の集合であり、それらが寄り集まってできたひとつの長編作品でもある。個人の作品には出せない、異なる作家同士の相互作用のような、独特の響きが感じられるのが面白い。

『kaze no tanbun 移動図書館の子供たち』は、「短文」のアンソロジーと銘打たれた、ひときわ面白い作品だ。

「短文」とは「小説でもエッセイでも詩でもない、ただ短い文。しかし広い文」のことであると、本書をプロデュースした西崎憲氏は述べている。ただでさえアンソロジーという個性の解き放たれた形態であるのに、「小説」「エッセイ」などの枠も取り払って「短文」を集めることで、非常に自由で、なおかつ実験的な本となっている。

現代の最前線をゆく文章家16人が、「移動図書館の子供たち」をテーマに、小説でもエッセイでも詩でもない、「短文」を寄せたアンソロジー。「移動図書館の子供たち」という想像を掻き立てるようなテーマがまた面白く、本当に同じテーマで作られた作品なのだろうかと疑うほど、その内容は十人十色だ。

初めて読む作家さんばかりだったのだが、どの作品もどこか不思議な世界観を持ち、形容し難い引力のようなものがあって、それに引っぱられていくうちに読了した。とても豊かな読書だった。




2022.4.22 Fri

249日目。

カラ兄:中巻 288ページ

新国立美術館「メトロポリタン美術館展 西洋絵画の500年」へ行く。

ずっとずっと心待ちにしていた美術展で、ようやく行けて大満足だった。有給休暇を取って行ったこともあり、この絵を鑑賞している時間でお給料が発生しているという幸福を、深く噛み締めながら観覧した。

美術展の感想を書くのは難しく、何をどう書けばいいのか、いつもさっぱりわからない。美術の教養が一切なく、ついでに言えば絵心もないため、下地となる知識が皆無なのである。

とりあえず好きだったのは、展示の仕方だった。壁紙の色味や照明の当て方に、なんというか、シックで格式高い雰囲気があった。特に壁紙の色遣いが素敵で、展示にメリハリがついていた気がする。並んでいる絵も、どこか誇らしげに見えた。

また、絵の中に描かれている人たちのファッションが、すごく好きだった。偶然なのか必然なのか、私好みの色遣いのファッションが多かった。そういえば、「絵画でめぐるファッション史」みたいな本があったなと思い出し、興味を惹かれた。

最も心に残った作品は、シスレーの「ヴィルヌーヴ=ラ=ガレンヌの橋」だった。ジブリの世界みたいでほのぼのした。やはり私は印象派の作品が好きなようだった。



2022.4.23 Sat

カラ兄:中巻 288ページ

なんだ、今から70年も前に、小説の短編集は完成していたんじゃないか。そう思った。

サリンジャー『ナイン・ストーリーズ』。新潮文庫の野崎孝訳。

とてつもなく大きな感情の揺れを感じるのだけど、それをうまく言語化することができない。本を読んで感想を書こうとすると、そういうことがよくある。

今、まさしくそういう状況に陥っている。とりわけ『ナイン・ストーリーズ』のような有名作品について書くとなると、誤読への恐れもあって上手く書けない。自分が本を読んでいて感じたことを、リアルタイムで表現することができたなら、どんなに良いだろう。

これほどまでに素晴らしく、完成された作品なのに、その素晴らしさを自分の言葉で語れない。特に古典的名著と呼ばれる、昔から読み継がれてきた作品を読んだとき、この悔しさを感じることが多い。

なんというか、本作はとりとめのない描写が多いように見えて、実は一切無駄がなく、随所に尖りがあって刺激的だった。登場人物たちの会話や生活スタイルが、古き良きアメリカって感じだなと、古き良きアメリカをよく知りもしないのに思った。話の筋は他愛無い、意味不明なものが多いが、だからこそ読み手の心に入り込んでくるというか、勝手に色々な解釈をさせてしまう力があるように感じた。

私は1作目の「バナナフィッシュにうってつけの日」で、まんまと心を撃ち抜かれた。あんな終わりが待っているなんて、誰が予測できるのだろう。

そこからはあっという間で、9つの短編はどれも不思議と心に刺さり、読んでいて楽しかった。短編小説の王道を読みたい、そんな方はぜひ手に取ってみてほしい。




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