見出し画像

書籍紹介『特別支援教育新学習指導要領を踏まえたキャリア教育の実践』

『特別支援教育新学習指導要領を踏まえたキャリア教育の実践(上岡 一世)』という本の紹介です。

この本も職場の先輩に貸していただきました。いつもいつもありがとうございます。

キャリア教育ってなんだ?

キャリア教育やキャリアプランニング・マトリックス、キャリアパスポートなど、巷ではキャリア教育という言葉が溢れているように感じます。

画像6

(画像は国立特別支援教育総合研究所より)

まずそんなキャリア教育の定義を確認します。

キャリア教育とは、一人一人の社会的・職業的自立に向け、必要な基盤となる能力や態度を育てることを通して、キャリア発達を促す教育
(文部科学省 平成22年度第二次審議経過報告)

もちろん、これまでも卒業後の進路指導、とりわけ支援学校では就労を見据えた、中学校・高校では進学に向けた進路指導が特に行われてきました。

それらの職業教育とは違い、一人一人の社会的・職業的自立に向け、必要な基盤となる能力や態度を育成することをめざす、様々な大人と様々な場面で触れ合い、学びの意欲を育てる、生きる力、働く力を育てるのが、キャリア教育です。

画像1

(画像はキャリア教育総合情報サイトより)

画像3
画像2

(画像ははてなブログ「キャリア教育とはなんぞや?」より)

特別支援教育の三本柱

とはいえ、キャリア教育のめざす生きる力、働く力を育てる教育がキャリア教育なのだとしたら、特別支援教育はそれらを教育課程の中核に位置づけた指導を積み重ねてきました。

それは「日常生活の指導」「生活単元学習」「作業学習」の3つです。

本ではこの3本柱の導入への経緯も紹介されています。分離教育が始まり、教科学習を支援学校で取り入れたときに立ちはだかった壁があります。

計算は計算、応用問題は応用問題、実際は実際で、それぞれの学習場面によって思考の働きが違い、それらが、互いに作用したり、統合したりすることがむずかしい特性を持っている、ということです。

いわゆる般化が難しいというこの問題ですが、一方で彼らには実際の体験を通して学ぶ、すべての学習を統合した生活体験学習が効果的だという方向性がわかり、具体的な生活を通して理解力を高め、生活力を身につける授業が始まりました。それが、生活としてのまとまりをもった生活単元学習です。

そして生活単元学習が定着し、実践が積み重なってくると「生活は働くことを抜きにしては考えられない。具体的、現実的な働く学習が必要ではないか」という声が上がり、作業学習が設定されます。生活単元学習の延長の作った製品を販売するバザー単元などから、次第に(障がいの軽度な子どもたちを中心に)就労に結びつくよう、実際の職場を模したミニ工場のようなものを校内につくり作業学習を行うように、さらに障がいの重度な子どもたちも含むすべての子どもたちを対象にした全人的発達を目指す作業学習と現実的な職場を利用する現場実習の導入へと変化していきます。

同時に「生活の土台は日常生活の自立にある」という考え方のもと、日常生活の指導が取り入れられました。

こうして「日常生活の指導」「生活単元学習」「作業学習」の3本柱が確立しました。

そうしてこの3本柱が軌道に乗り、成果を上げていたときに導入されたのがキャリア教育です。当初は特別支援教育が歩んできた道がキャリア教育であると考えられ、キャリア教育を取り入れようとする動きはありませんでした。

しかし、それまでの教育実践をキャリア教育の視点で検証してみると多くの課題が見つかりました。

 実際に我々が行ってきた教育実践をいろいろと調べてみると、確かに子どもたちのスキルは確実に向上し、できることも多くなっています。さまざまな生活体験も積み重ねてきています。しかし、それらが実生活や職場や地域で機能しているかとなると、せっかく身につけた高いスキルが職場でほとんど発揮できていないとか、学校では確実にできることが職場では問題点として指摘されるとか、12年間積み重ねてきたさまざまな生活体験がキャリアとして積み重ねられているわけではなく、単発的なその場限りの体験になっているなど、多くの課題が見えてきました。

確かに僕自身も高等部で進路指導に関わる中で、実習先で持っている力を発揮できない子たちと出会ってきました。逆に、難しいと言われていたのに進路先で花開く子もいました。

学校ではできても実習先や進路先ではできないのはなぜか?

そんな風に子どもたちの身につけてきた力が機能しなかったのはなぜなのでしょうか?

検討してみると、内面の育ちが伴っていなかったことが分かってきたのです。スキルは高いけど、訓練により身につけたものが多く、自らが意欲的、主体的に、また、努力して身につけたものではなかったのです。できることは多いけど限定された環境の中でできるだけで、それらを実生活で主体的に発揮するための学習がされていなかったのです。さまざまな生活体験を積み重ねてきたのですが、自らが体験して生活の仕方を学ぶのではなく、教師があらかじめ用意した体験をさせることがほとんどで、せっかくな体験が心に残らない体験になってしまっていたのです。

子どもたちの内面を育てる視点が足りていなかったのです。なので、これまでの行動やスキルに焦点を当てた学習だけではなく、内面を伴った行動やスキルを身につける学者が求められる必要があります。これが特別支援教育にキャリア教育の視点を取り入れる最大のポイントです。

確かに僕の接してきた、卒業後に力を伸ばしていった子たちは、自分自身で納得した上で進路を選び、目標に向かって自らが努力していく子たちだったように思います。

キャリア教育の本質

キャリア教育とはどういう教育か、今までの教育とはどこがどう違って、指導法や実践はどう変化していくのでしょうか?

①今までは学校卒業時に焦点が当てられていましたが、キャリア教育は学校卒業後の人生に焦点が当てられています。学校教育12年間だけでなく、卒業後の50年、60年以上ある人生に焦点を当てて、その人生がより豊かに、質の高いものにするためにどうすればいいのかを考えるのです。

能力や障がいに関係なく、すべての子どもに可能性のある教育を実現する必要があるということです。能力が低いから、障がいが重いから自立や社会参加、就労が難しいとするのではなく、個々に応じて人生の質を高めるために子どもの可能性を求め続けるということです。

③学校卒業後の教育を充実させる必要があるということです。学校を卒業しても、地域や社会で生きていくためには学ばなければならないことがたくさんありますし、卒業後のことはほとんど本人や家族任せで、組織的な教育支援が行われていないのが現状です。学校教育12年だけで、この先の変化していく社会の中の全てを伝えることはできません。学校、職場、行政、家庭が連携し、卒業後の学習環境の整備や日常的な教育支援など教育体制を整えていく必要があるのです。

教育課程の3本柱の見直し

そうしたキャリア教育の生活の質を高める指導において、従来の3本柱も指導内容や指導方法も変化していきます。

画像4

(本書P30より記者作成)

(1)日常生活の指導

日常生活の指導では、学校でできることが日常生活の指導の目標ではなく、実生活や職場で通用することが目標である、と理解して指導を行うことが生活の質の向上につながります。

そもそも日常生活の指導で目指す自立とは、なんでも自分でできることではなく、著者の上岡さんの言葉を借りるなら、「子どもが持っている力を最大限発揮し、他から受ける支援を最小しにた状態」です。そのために主体的な行動の積み重ねをしていく必要があるのです。

例えば着替えでは、「着替えができる」という行動面だけでなく内面を評価するために、「①着替えなければいけないという意識を持って着替えができる(何も言わなくても自らが進んで着替えができるようにする)」、「②着替えた後に何をすべきか、見通しを持って着替えることができる(そのために子供が次への行動を意識できる働きかけをする)」、「③着替えの目的、必要性を理解して着替えることができる」、「④周りを意識して、周りに配慮しながら素早く着替えをすることができる(基本マナーを伴った基本的生活習慣(基本行動)が確立できているかどうか)」などの目標設定が考えられます。

そのような目標への指導を通して、日常生活の指導では子どもたちの意識の向上を目指すのです。

(2)生活単元学習

生活単元学習では、生活スキルの向上に重点が置かれ過ぎている、実際の指導でまだまださせられる学習が多く、自ら主体的に取り組む学習設定が行われていないという課題があります。

生活単元学習の目指す社会参加とはなんでしょうか。あいまいなままに終わっていることが多いかもしれません。上岡さんは「社会参加とは、社会で主体的に役割、課題を果たすこと」と定義します。その上で、子どもの発達年齢や生活年齢に応じて、その時々で子どもが直面する家庭、学校、地域、職場などの社会の中で、主体的に役割、課題を果たす活動ができているなら社会参加はできていると考えるのです。

画像5

(本書P34より記者作成)

それに伴って目標設定を、生活スキルの向上から、生活の質の向上へと変えます。例えば、「お金の計算ができる」から「進んで買い物に行くことができる」のように生活に般化する目標を設定するのです。そうして、生活の中で機能し、活用できるスキルを身につけるところまで責任をもって取り組む学習計画を立てて、必要な指導を行うのです。

そのような生活の質の向上を目指す学びを通して、生活単元学習では子どもたちの生活意欲の向上を目指すのです。

(3)作業学習

作業学習は、職業生活の質を高める学習です。今までは就労するために作業能力を身につけることに重きを置き過ぎていたのかもしれません。現実的に就職しても職場に適応できず、離職する子たちが多くいます。その離職の原因を調べてみると、職場で通用する職業技能は身についていたものの、人間性が育っていないことがわかったそうです。

就労は教員も保護者も望んでいる目標でありながら、その実現はなかなか厳しく、能力や障がいの程度により左右されることがほとんどでした。目標も職場の要求に応える職業技能を持った子どもをどう育てるかにありました。

作業学習は子どもたちの就労を実現するためだけの学習ではありません。就労を維持するためにも、人として生きていくために必要な、マナーや応対や言動、さらには内面の育ち(意識、主体性、意欲)にもっと目を向け、人としてのバランスの取れた総合的な発達を目指した作業学習が求められるのです。

そうした作業学習で子どもたちの働く意欲の向上を目指すのです。

子どもたちの人生の質の向上のために

著者の上岡先生は、「人生の質の向上は生きがいのある人生を送ること」と定義づけています。具体的には以下の内容です。

・得意と言えるものを持っていること
・自信の持てる活動があること
・好きな活動があること
・周りの人に必要とされていること
・周りの人に認められていること
・友達がいること
・自分らしさを発揮できていること
・余暇を楽しむことができること
・持っている能力が満たされていること
・受け身でなく能動的であること
・規則正しい生活のリズムが身についていること
・働いて収入を得ることができること

そうした人生の質を高めるためにどんな教育を行えばいいのでしょうか。本にはいくつかのヒントが紹介されています。

●地域の人が子どもにかかわる体験を重視する。地域の資源を活用し、専門家の質の高い体験や指導を受ける。そうすることで、本物を学び、子どもたちも本物を提供する生活を重ねる。

●できることは一生懸命取り組み、できないことは周りの人に支援をお願いするようになるために自分を知る必要がある。そのためにできることをもっとできるようにする指導を通して、子どもたちが一人一人に自信の持てるものや得意なことを一つ一つ増やしていく学習を積み重ねる。そうすると知らず知らずのうちに自分を知ることにつながる。

自分の存在を実感できるよう、主体的に遂行できる役割、課題を設定し、評価することで自分がしたことが認められる体験を重ねる。本人が「がんばってよかった。次もがんばろう」と思えるよう、教員だけでなく一緒に活動したみんなから認められるような活動を設定する。

●例えば技能検定のような、自ら努力したことを実感できる生活体験を積み重ねていく。目標に向けて努力する体験を学校生活12年間のうちに、どれだけ行うことができるかで、将来の人生の質が変わってくる。

●させられた学習やパターン化された活動を遂行するだけでなく、子どもが自分で考えたり、工夫したり、見通しを持って主体的に学習する環境を設定する。そのために、教師の働きかけを最大限に減らし、準備・後片付けも含めて子ども一人で任せても大丈夫な学習設定、環境設定を整える。教員は「ほめること=認められること」という意識を持って、子どもたちと共に考え、共に理解し合い、共に努力する共感的な姿勢を持ち、否定的でなく肯定的な働きかけをする。

などなど。もちろんそれ以外のものや、小・中・高の指導の違いや授業改善のポイントや事例なども紹介されています。気になった方はぜひ読んでみてください。

まとめ

今まで支援学校の教員として、キャリアプランニング・マトリックスの策定や、現場実習などの進路指導、作業学習の実践などに取り組んできました。ですが、この本を読むまではキャリア教育と職業教育の違いを自分の言葉で説明できてはいなかったように思います。

支援学校を卒業後、2〜3年はアフターケアをすることもありますが、本にあるように5年、10年、それ以上先を考えたときに、自己選択・自己決定と叫ばれる福祉の世界を考えたときに、教育のあり方を考える必要があります。

ただ全てを変える必要があるわけではありません。僕自身が大切にしてきた授業内容と生活との接続や、すべきことを指示するのではなく子ども自身が考えるような関わり方はこのキャリア教育に通じるものです。

新学習指導要領の主体的・対話的で深い学びの視点による授業改善もこのキャリア教育に通じるものがあります。

そんな風にこれからの指針を与えてくれた本の紹介でした。キャリア教育ってなんだろう?と思われている方、ぜひ読んでみてください。



表紙の画像はAmazon.co.jpより引用しました。