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私がそこに見出したものは、編集者樗陰の生活の中に、彼の私生活がみごとになだれこんでいることだった。 2020/11/04

 今日も今日とて会議、休み明けは慌ただしい。

 久しぶりに対面の会議。やはりこれはこれでやりやすいなぁ、と新鮮な気持ちに。Twitterなどはアメリカ大統領選の話題が多い。分断が進んでいくと結局誰にとってもあまり居心地の良い社会ではなくなりそうだな、という漠然とした不安を感じる。

 木佐木勝『木佐木日記 上』を読了。こちらは文壇の話。不倫やら心中やらスキャンダラスなお話がある中で、有島武郎の心中事件が起きた。「婦人公論」の美人編集者、波多野秋子のことはあまり気に入らない同僚というか、先輩というか、他部署の人って感じで木佐木勝は眺めている。己の美貌や才覚を笠に着るような言動が鼻につく、と言った感じで、なんとなくいけすかない人という印象のまま、なんとなく読んでいたら、ある日突然3日ほど休みます、と言い残して姿を消した。そして有島武郎心中の報が入る。朝刊では相手の婦人の名は明かされなかった。

 急には今度の事件について特別の感想も浮ばず、家人との話をさけて赤ん坊のお守りをする。しかしなんとなく朝からの興奮が醒めず、しきりに夕刊が待たれる。自分は妙な予感がしていた。
 ところがいよいよ夕刊を見て、自分は息を呑んでしまった。自分の眼にいきなり飛び込んできたのは大見出しの”相手の女は波多野秋子、雑誌『婦人公論』記者”という初号活字だった。自分はやっぱりそうだったのかと思った。しかし、とっさにそう思っただけで眼は記事の上だけ走っていた。
木佐木勝『木佐木日記 上』P.412 - P.413

 相手が波多野秋子だということは知らずに読んでいたものだから、木佐木勝と同じように驚いてしまった。しかしこうなんというか大正時代の空気を追体験できているこの感覚が面白い。ネット上に残されている膨大な日記たちもいずれその時代の空気を色濃く反映した読み物として後の世で読まれることがあるのだろうか。デジタルデータは散逸せずにアーカイブ化されるものなんだろうか。ってまぁされないだろうな、というかすでにして失われたものは多数あるのだろうからそんなことを言っても詮無いのかもしれない。

 私は最近、私が樗陰の下で働いていた大正八年から樗陰の死んだ十四年までの日記を整理してみたが、その中に現れている樗陰の体臭がむんむんと迫ってくるようで、私は当時の樗陰に対する私の感情の中に没入しているうちに、あらためて樗陰の真実の姿を見直す思いがした。
 私がそこに見出したものは、編集者樗陰の生活の中に、彼の私生活がみごとになだれこんでいることだった。だいたい、樗陰の生活には公的生活と私生活のけじめがなかったといったほうが好いのかも知れない。
木佐木勝『木佐木日記 上』P.460







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