自分自身の活かし方を知り、活かし合いの輪を広げたい!
こんにちは。フィリピン現地NGO「ミンダナオ子ども図書館」スタッフの西村奈々子です。最近の私のテーマは、活かし合うことです。最近と言いましたが、高校生の頃から「子どもたちの秘めている可能性が活かせる世界」をつくりたい!と夢に掲げていたので、かなり前から一人ひとりには活かせるものがあり、それが活かせる社会や、世界に憧れていたのです。反対に、戦争や、貧困、世の中の不条理などの環境要因で、一人ひとりの可能性が活かせなくなることに悔しさを感じてきました。どうすればいいのだろうと憤りを感じ、世界の特に途上国を旅したり、日本の社会問題にも目を向けてきました。
自分の活かし方を知るとは?
最近は、活かし合うためにまずどうすればいいだろう?と再度自身に問いかけてみています。そして感じていることは、活かし合うには、まず自分の活かし方を知る必要がある。それを知るには、過去の自分から今の自分までを振り返り、何が得意だったか、好きだったか、憧れたか、置かれた環境でどのように立ち振る舞ってきたか、どんなことが苦手、嫌だったかなど、いろんな側面の自分自身を知ることが大切なことだと感じています。それらを知ると、だんだん自分がどういう人間であるのか。どういう風に生きていきたいのかを知れると思うからです。
例えば、私は小さい頃からドッチボールが大嫌いです。ドッチボールが嫌いだった理由は、ボール投げが得意な子だけ目立って、後の子は逃げ回るだけで活躍できない。みんなが楽しめない競技なのにどうしてみんなでさせられるんだろう。しかも当たったら痛いし、喧嘩もしてないのに争い合うとかおかしいし、嫌だ。と子どもの頃から本気で思っていました。当時の気持ちの本心を考えてみると、“みんなで楽しめることが好き”“平和がいい、争いたくない”と強く願っていたのです。この願いや本心は、今現在の私の中にも生き続け、自分自身の大切な軸の一つになっていると気づきました。
しかし学校で自分自身を理解しよう!自分の活かし方を知ろう!などと習いましたか?私は習ってきませんでしたし、最近まで誰にも教わってきませんでした。だからこそ、ただ学校に通い、なんのためか理解できない勉強をさせられる感覚がありました。みんながしてるからしなきゃいけない。中高生の時はそう思いながら授業を受けていたり、親が喜んでくれるし、悲しませたくないので成績もそこそこ取れるように頑張ってみました。その当時は学校が全然楽しくなかったし、勉強の意味もわからなかったので頑張りきれない。夢を人前で話すこともありませんでした。
夢ややりたいことがわからないのは、自分の活かし方がわからないから
現在、私は日本で講演活動を通して小学生〜大学生と交流する機会が多々あります。そこで、自分のなりたい職業や夢は?と聞くと、特に中高生以上になると「夢ややりたいことがわからない。」という声が沢山聞こえてきます。それらを悩みにしている若者があまりに多いと感じます。どうしてなのだろう?と考えると、自分には何もない。自分なんて。という、自虐の表現が聞こえてきました。今の日本社会では、義務教育が与えられ学校に通い続けることはできます。一見とても恵まれているように見えるかもしれませんが、いじめ、引きこもり、自殺などの深刻な問題が起きてしまうほどに、自分の活かし方を見つけられず深く悩んでいる人がたくさんいるのだと感じます。
私自身の転機は、私って何がしたいんだろう?どんなことに興味を持つんだろう?と考えた高校3年生でした。幼少期から、子どもに優しい保育士さんに憧れ、小中学生では世界で活躍したマイケルジャクソンに憧れていました。同時に、世の中の不条理により、真っ先に犠牲となる子どもたちがいることに憤りを感じました。そんな私自信を知った時に、もっと世界を知りたい!という探求欲が芽生え、子どもたちの可能性を活かしたいという夢も持ちました。自分自身のことを一生懸命に知り、何がしたいか真剣に考えて進学し、国際協力の道を選びました。だからこそ、今現在もその方向に歩み続け、自分が活かせている実感もあります。
自分を知り、活かすと…
自分を知り、道を選ぶと、仕事をしていてもやりたいことをできて満たされている感覚があったり、たとえその道の途中で、これはもう無理…と思うような悩みが降りかかってきても、すぐに辞めてしまおう。とは思わないのです。無理…と思うけど、やれるだけの方法やってみたい。誰かに知恵を借りてみよう。少しずつでも歩みを進めよう。と模索しながら取り組めます。
自分の活かし方を知ったり、それを活かしてやりたいことや生きたい生き方を見つけるタイミングは人それぞれだと思います。なので、本当に正解なんてものはないですし、結局はその人自身が選んでゆくものです。
私の願い
それでも私は活かし合いたい。と願い続けます。なぜなら、私一人が自分の可能性を活かして生きたり、仕事をしていても、相手がそうでなければ一方通行になり上手くいかない物事があるからです。私たち人間には共に生きる人たちがいて、共に働く人たちもいます。その人たちが自身の活かし方を知っていれば、協働した時、物事は円滑に進んだり、期待していた以上の成果が出たりします。何より、活かし合いには楽しさや満足感、幸せも生まれると感じています。自分自身の生きる意味を、自身の活かし方を知ることや、相手との活かし合いの中で感じる人も生まれると信じています。
1人で歩む、誰かと歩む。
自分自身を活かすには自身をよく知ること。幼少期から現在までのいろんな面の自分を知るという作業は長い道のりです。自分自身を知るための道のりは自分一人で歩む時もあれば、誰かとお話ししながら気づく時もある。いろんな気づき方があるのです。私自身も周りにいてくれる家族や大切な人たち、仲間や、働いている環境や、講演活動を通して出会う皆さんなど、周りのあらゆる経験が私自身を知る気づきのきっかけをくれています。私も関わる相手と話す中で、その相手が自身の活かし方に気づく一歩になるような関わりをこれから持っていきたいです。これが、私の掲げる大きな夢「子どもたちの秘めている可能性が活かせる社会」につながると信じて、まずは辺りから活かし合いの輪を広げてゆきたいです。
活かすの実践!in ミンダナオ
私は今年の3月から、いよいよフィリピン・ミンダナオ島に渡航します。ミンダナオでは80人の子どもたちと、スタッフさんたちと共同生活。現地の活動に同行させてもらい、様々な経験をしてきます。
そこで、今の私は何を活かし、何ができるのだろう?と考えています。一つは、支援している子どもたちの話をとことん聞くことだと思っています。お話する中で、子どもたちの明るい面も暗い面も、いろんな側面の想いを聞いていきたいです。そうして子どもたち自身が自分を知る時間を取ることで、彼らにとって大切なことに気づき、MCLを卒業した後もやりたいことをしたり、生きたい生き方をする道を見つけてほしいのです。私は、子どもたちと一人ひとりの可能性の活かし方を模索し、その手段や選択肢を共に考えることを楽しむスタッフになりたいです。合わせて、現地スタッフさんたちともたくさんお話し、お互いの活かし方を模索し合いたいです。
次回は、ミンダナオから第一報をお届けいたします!最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。またお会いしましょう!