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最終出社ペンギン
昨日が最終出社日だった。
朝からそわそわして微妙に緊張しながら出社し、残った引継ぎを終わらせ、PCなどの機材を返却し、全ての私物を廃棄箱につっこみ、お世話になった方々へ挨拶してまわり、お菓子を部署のキャビネットに置いて、最後に退職挨拶のメールを送って会社を去った。
最後の退勤時は会社からスキップして出ようかしらとか思っていたが、案外そんな気分でもない。もう社用携帯もPCもないのでなんの連絡もこない解放感といえば翼が生えたかのようである。でも同時に、もう後戻りはできないんだよな……という言い知れぬ不安でぞわぞわとする。
福岡に移住することを決めたのは他ならぬ自分である。転職先でうまくやれるかとか、新しい街で家族が楽しく暮らしていけるかとか、不安を数えるとキリがない。
全てはやってみないとわからないよなと考えると、体がずしっと重たくなってくる。せっかく翼があるのに飛べない、さながらペンギンみたいな気分である。
私はペンギンに言う。
「なあペンギン。今ならお前の気持ちがわかるよ。せっかく空を飛べる翼があるのに体が重たくて飛べないって、こんな切ない気持ちだったんだなあ」
「えっ?別にそんなことないけど?そもそもオレたちこうなりたくて進化してきたわけだし」
「えっ?」
「いやそうでしょ。そんな『ああ空飛びてえなあ』とかメソメソしながら毎日生きてないっての。海の中もめちゃくちゃ綺麗だっつーの」
「そ、そうか」
「だいたいお前さんもアレだろ?自分が福岡に住みたいから仕事やめたんだろ?オレァ空を見るより海が見たかった。お前さんは東京よりも福岡が見てみたい。それだけの話じゃねえか」
「ペンギン……!」
「オレァお前の選択、間違ってないと思うぜ。というか、いつかいい決断をしたなって過去の自分を褒めれるように頑張ってみろよ。オレァ海の中から応援してるぜ」
ペンギンはそう言い残し、パチっとウインクをして海へちゃぽんっと消えた。それは私をまるごと包み込んでくれるような、肯定ペンギンだった。