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天皇亡国論としての『源氏物語』 (1) 「紫式部が現人神の天皇を天皇失格者としたミステリー」編
はじめに
1 『源氏物語』は本当に「恋愛小説」なのか
専門家は、夫の死後の無聊を慰めるために『源氏物語』を執筆したという通説によって、「源氏物語を恋愛小説として読むように」と私達を指導してきました。
初の平安大河の「光る君へ」は、そうした小説観で制作されていました。 一年にわたる番組でしたが、一度も取り上げなかった最重要事があります。勿論、専門家も意図的に取り上げていません。
それは「源氏物語には、天皇失格の三天皇が描かれている。」ことです。今の時代でも天皇を天皇失格者として批判することはありません。しかし、平安時代は天皇を神として仰いだ時代ですので、なおさらいないはずです。ところが、現人神の天皇を三人も天皇失格者として描いているのです。
したがって、その謎が『源氏物語』の最大の謎だと言えます。ところが、専門家は、そうした主題と直結する重要な謎が、この古典にあることすら隠蔽しました。況んやその謎の回答をや、です。
では、専門家は、何をしたのか。それは、「源氏物語は恋愛小説だ」、という虚偽の小説観を捏造し、テレビや学校の公共性と信憑性を活用し、その虚偽を事実として刷り込み続けたのです。
その小説観は、全く疑いのない事実で虚偽のはずがない、と認識している方が多いと思います。しかし、その小説観は虚偽だ、と言い切れるのです。なぜならその小説観では『源氏物語』の主題と直結する「三人の天皇失格者をなぜ描いたのか」というこの古典の謎が、全く解明できない小説観だからです。従来の小説観は、読者の目を本質から逸らすものです。『源氏物語』では恋愛は手段に過ぎず、その三天皇を描くことが目的なのです。
源氏学の大家は、武士の世において『源氏物語』を貴族の王朝文化を象徴する最高の古典としてきました。そのため王朝文化を宣伝できる『源氏物語』に「恋愛小説」という幻想を植えつけて、突き止められると都合の悪い天皇家の本質に気づかせないようにしたのです。
それはちょうど人気ドラマの「ドラゴン桜」の第一話にある「未知の無限の可能性があると無責任な幻想を子供に植えつけ、世の中の仕組みや実態を大人はわざと教えない。」とあったのと同じです。突き止められると都合の悪い物事の本質に気づかせないようにしていたのです。
最近の例で言うと、基礎控除額を少ないままにし、収入が増えても増税で手取りが増えない税制にしている財務省の本質に国民が三〇年以上気づかせませんでした。
源氏学の大家を崇敬する専門家も「源氏物語は、スリルがある恋愛になるほど燃える光源氏の恋愛小説だ。」という奇妙な幻想を植えつけ、たとえば地獄堕ちしている「故桐壺院」は実在している天皇がモデルで、その天皇が政変で天皇失格者と言える非人道的な不正を犯して忠臣を死なせた不条理が将来の忠臣にも起こり得る危険性を、たとえば昭和の時代の忠臣にも起こり得る危険性を紫式部が警告していた『源氏物語』の本質に、国民は千年以上気づきませんでした。
源氏学の大家や専門家に「恋愛小説」とされる前の本来の『源氏物語』の要点は、次の二点です。
一点目は、藤原道長の政治的意図を込めた「政治小説」としての『源氏物語』です。この物語で、道長は円融系の家が政変で犯した非人道的な不正で本来天皇家となるべき家を陥れた不正義を正当化する物語と、本来天皇家となるべき冷泉系の家を陥れる不正義の物語の造作を、紫式部にさせたということです。本稿(2)で詳述します。
最近の例で言うと、旧メデイアが、知事がパワハラで職員を自殺させた、という誤報を正当化するため、まだ受理されておらず、そのため虚偽の告発の可能性がある段階での告発を盛んに報じ、視聴者や読者に知事失格を印象づけようとした不正義と似ています。
二点目は、紫式部の執筆意図を込めた「諷刺小説」としての『源氏物語』です。天皇家が政変で犯した非人道的な不正を正当化する藤原道長の不正義の「政治小説」に対して紫式部は大反発しました。
最近の例で言うと、新メデイアから職員の自殺は職員自身の不祥事の発覚を恐れたことによるという新情報を得た有権者が大反発し、議会がパワハラで失職させた知事をトップ当選させた正義と似ています。
そこで紫式部は、道長に命じられていない新たな物語を造作したのです。その物語では道長に正当化させられた政変とは別の政変でも天皇家が犯した非人道的な不正と自己本位な在り方を的確に批判しています。本稿(4)で詳述します。従来、この諷刺を紫式部を藤原道長の不実な愛妾に貶めることで専門家らは意図的に隠蔽してきました。
専門家の小説観からは恋愛絡みの女君や男君が登場する恋愛小説の部分は分かります。しかし「三人の天皇失格者」が登場する部分は、何を言いたい内容であるのかが、これまで全く分かりませんでした。
恋愛小説の部分にしても終始恋愛小説であるわけではなく、天皇に対する諷刺小説の中での恋愛小説であるため、終始恋愛小説として読んでいると、違和感や唐突感があり、様々な謎が生じていました。それらの謎を精選し、本稿では七大謎のミステリーとしてまとめました。そのミステリーの七項目については、本稿の(8)で整理しています。
因みに、その「七大謎のミステリー」には、『源氏物語』は世界文学であることから世界の読者が求めている「千年謎」を含んでいます。
本稿では、『源氏物語』の本質に迫った時に逢着する「七大謎」に回答します。その回答が、従来の「恋愛小説」としての『源氏物語』を陳腐化し、本来の「諷刺小説」としての『源氏物語』を復活させ、天皇家であっても、ならぬことはならぬ、と鋭く批判した豪の紫式部の執筆意図に留意し読んでいただけるとしたら、何よりも嬉しいことです。
なお『源氏物語』における捏造は、一次資料が乏しいため、資料によって捏造であると立証しにくいと言えます。そこで本稿では捏造の定義を「不自然で論理的ではなく、正しらしさが欠落していること。」とします。
2 大戦は真珠湾攻撃から本当に始まったのか
ところで専門家が「理解させたい虚偽を捏造する」ことなどあり得ない、と感じる方がいると思います。しかし、そんなことはありません。たとえば最近、不祥事の発覚を恐れて自殺したという可能性を隠蔽して、知事のパワハラで自殺した可能性しかない、と理解してほしい虚偽を専門家が捏造し、旧メデイアを活用し事実として県民や国民に刷り込んで、全会一致で知事を失職させた不正義の大事件がありました。
知事のパワハラで職員を自殺させたという事件は、専門家が旧メデイアの公共性と信憑性を活用して虚偽を捏造し、事実と信じ込ませた大事件だったことは、その知事を県民がトップ当選をさせたことで証明できます。
つまり専門家が「理解させたい虚偽を捏造する」という極めて悪質な不正義は、私達の眼前で現在進行中なのです。新メデイアが証拠をもって事実を明らかにするまでは、女性社員の人権を無視した接待をさせる旧メディアによって知事がパワハラで職員を自殺させたとの虚偽を、全く疑いのない事実として私達は刷り込まれ続けました。
他に専門家が今なお公共性と信憑性のある旧メディアを活用し、理解させたい虚偽を捏造し、一年に一回、全国民に事実として刷り込んでいるやはり私達の眼前で現在進行中の次の不正義があります。
十二月八日に「太平洋戦争はいつ始まりましたか。」と質問すると、十人のうち九人の方が「アメリカの真珠湾への奇襲攻撃から始まった。」と回答します。なぜなら専門家が国民に理解させたい虚偽を捏造し、旧メデイアを活用して、毎年、事実として国民に植えつけているためです。
正解は、真珠湾への奇襲攻撃の二時間前、「イギリスの植民地マレー半島のコタバルへの上陸から始まった。」です。ところが事実より、刷り込まれ続けている虚偽の方が正解に見えてしまいます。
しかし、宮内庁の『昭和天皇実録』には「マレー半島上陸、ハワイ奇襲」の順で、開戦時の戦況を昭和天皇に上奏したことが記録されているのです。その記録は、専門家が虚偽を捏造し、事実とした確たる証拠です。因みに、当時は不敬罪によって不敬を犯せば投獄され、拷問死させられましたので、軍人を含めた国民は、天皇に虚偽の説明をしません。しかし天皇は、国民に平安の政変時や昭和の開戦時に虚偽の説明をしていました。
では、なぜ旧メディアは、皇軍がイギリスの植民地マレー半島に上陸した映像を流さず、真珠湾で炎上する戦艦の映像を流し、太平洋戦争は後者から始まった、という幻想を繰り返し植えつけるのでしょうか。
昭和天皇が米英への宣戦布告を裁可した「開戦の詔書」を読むと、太平洋戦争の主な目的は、重慶政権への援蒋ルート(蔣介石や毛沢東を支援する英米ソの輸送路)の遮断と、アメリカが禁輸した石油の確保です。そのルートを遮断し、石油を確保できるマレー半島の英国軍を最初に攻撃するのは、同詔書で示した目的実現のため最も合理的な攻撃なのです。因みに、真珠湾への攻撃は、重臣の三分の二はジリ貧をドカ貧にする(『昭和天皇実録』)と反対していました。そのため同天皇が三分の二の重臣の意見を重視すれば、最後まで真珠湾を攻撃していません。その攻撃は、同天皇が三分の二の重臣の意見を軽視し、山本五十六を激励して裁可した攻撃なのです。
真珠湾への攻撃から戦争を始めた、と国民に思い込ませたい理由は、日本の満州支配を非難していた欧米が実は東南アジアを過酷な植民地支配をしていた非難されるべき事実と、長期にわたる欧米の植民地支配を日本軍が短期で終わらせた称賛されるべき事実から目を逸らすためです。実際、たとえばビルマの首相のバ・モウは「我々を白人支配から救い出してくれたのは日本だった。我々は、その恩は忘れない。」と云っています。
日本がコタバルへの攻撃から戦争を始めて、東南アジアを欧米の白人支配から解放したとなれば、日本軍は善の軍になります。それは欧米や反日国には我慢のならないことです。しかし、真珠湾へ攻撃したことから太平洋戦争が始まったとすれば、同戦争は欧米の植民地支配とは結びつかず、奇襲した日本軍は悪の軍となり、無差別爆撃や原爆投下など連合軍が日本国民に対し犯した戦争犯罪を正当化できるのです。
戦争体験者は、戦争をしてはならない、と言います。それは間違いです。国民が責任者で日本軍は悪だとの虚偽報道を刷り込まれた結果です。
事実は「開戦の詔書」で天皇から戦争は自衛戦争だと国民は騙され、天皇家存続のためと追い込まれて戦争をさせられたのです。したがって戦争体験者は、戦争をさせられてはいけない、と言うべきなのです。そもそも忠良な国民が人間を殺し、家族がいるのに自殺攻撃することは、騙され、追い込まれでもしない限りあり得ません。虚偽報道の目的の一つは、そう仕向けた戦争の真の責任者で真の悪人から目を逸らすことです。
ちょっと『源氏物語』から話が離れましたが、「太平洋戦争はいつ始まりましたか。」という質問と、「なぜ『源氏物語』を執筆したのですか。」という質問は、無関係なようで実は根本は同じなのです。二つとも専門家が、捏造した理解させたい虚偽に導くようにミスリードして、平安とひと続きの昭和の天皇が犯した過失を国民から隠蔽しているのです。
本来すべき質問は、次のようになります。戦争については「天皇は太平洋戦争を宣戦し、講和しています。宣戦の目的と講和の時期は正しいですか。また、天皇は、国民に従軍を命じた戦争は自衛戦争、侵略戦争のどちらだと説明しましたか。」という質問です。
また、物語については「なぜ藤原道長は物語を起筆させ、そして、なぜ紫式部は『源氏の物語』を執筆をしたのですか。また、なぜ天皇失格の三天皇を描いたのですか。」という質問です。
そういう本質に気づく質問であれば、専門家が隠蔽してきた天皇が犯した過失に気づき、私達は正解に辿り着けるのです。
自衛戦争だ国民を騙し、天皇家存続のため国民を犠牲にした昭和天皇ではなく、騙され、犠牲になった国民が戦争責任を負わされ、謝罪と賠償をさせられる不条理に気づくため、『源氏物語』を現代を生きる日本人が知る意義があると言えます。
歴史は繰り返さないが、韻を踏む(マーク・トウェイン)。すなわち平安時代に天皇が忠臣に対して犯した過失と全く同じではないけれど、似た過失を天皇は臣民や国民に対して近代や現代で繰り返しているのです。
3 なぜ天皇失格者が三人も描かれているのか
なぜ『源氏物語』を執筆したのですか、との質問に、専門家は通説で亡夫後の無聊を慰めるためと解答しています。恋愛小説として王道の回答です。筋も通っています。ただ、肝心の「正らしさ」が欠落しています。その理由は、本稿(2)で詳述します。
藤原道長が『源氏物語』に込めた政治的意図と紫式部がこの物語に込めた執筆意図は、正反対です。道長にとっての『源氏物語』は、円融系と九条流の家の存続と栄華のためにあります。その在り方から父兼家と寛和の政変を仕組み、本来天皇となるべきであるためそうなっている冷泉系の天皇を騙し退位させる不敬を犯し、円融系と天皇家を乗っ取っています。
一方、紫式部にとっての『源氏物語』は、寛和の変で天皇家を乗っ取り、不当に天皇家となって、父のような本来天皇家となるべき冷泉系の忠臣達を陥れた円融系の子孫、たとえば昭和天皇の忠臣である国民の命を救うためにあります。
そのため紫式部は、本来天皇家となるべき家と忠臣を犠牲にしてもよいと天皇家を乗っ取った円融系の天皇家を警戒すべき対象として後世の国民に伝えようとしたのです。
この小説観は、従来の小説観からはあり得ない真実です。しかし、三人の天皇を天皇失格者とした『源氏物語』の「真の千年謎」に回答すると、それが真実だと言わざるを得ないのです。その意味で、『源氏物語』は、世界初の「国民文学」だ、と言えるのです。
その『源氏物語』の本質に迫る「なぜ藤原道長は物語を起筆させ、また、なぜ紫式部は『源氏の物語』を執筆したのか。」という謎、すなわち「通常の千年謎」の回答は、本稿(7)で詳述しています。
では、専門家が、『源氏物語』で描かれた隠蔽したい天皇家の闇、つまり今の天皇家の祖は、本来天皇家となるべき家を騙し陥れて乗っ取った不当な天皇家である、という話に戻ります。因みに、それは仰天するほどの話ではありません。天皇家は、出雲大社の本殿には入れません。そのように天皇家を拒否する事実があるのは出雲大社だけで、本来大国主命が治めるべき出雲を天皇家が不当に乗っ取ったという専門家が禅譲と逆にした二重に恐ろしい神話が真実でない限り説明できません。
これまで専門家は『源氏物語』の本質が明らかにならないよう、たとえば天皇家が非人道的な不正を犯した安和の変をモデルにした内容を物語の中核に据えていることを隠蔽しました。なぜなら同政変で本来天皇家となる家を円融系が騙し陥れて天皇家を乗っ取った在り方を紫式部が的確に批判しているからです。その批判を国民に気づかせなくないのです。
いち女房に過ぎない紫式部が、天皇家や藤原家を批判することは、通常、不可能です。しかし、ランチェスターの戦略よりも優れた戦略によって弱者の紫式部は、両家を見事に批判しているのです。
それは天皇家を乗っ取った不当な天皇家を上回る文学的才幹によって『源氏物語』を造作し、コード(暗号)を駆使して、その極めて非人道的な不正を密かに諷刺する方法です。
ただ、そうした紫式部の思いは、読者に伝わることはありませんでした。なぜなら戦争の始点をコタバルの上陸とせず、真珠湾の奇襲だと捏造して善と悪を逆にしたのと同様に、『源氏物語』の小説観を「実在の諷刺小説」とせず、逆の「架空の恋愛小説」と捏造することで恋愛に目がいき、実在する天皇をモデルにした天皇失格の三天皇が犯した不正や不敬に対する紫式部の批判から目を逸らされたからです。
この先は専門家の小説観の下敷きとなった通説が、ほぼでたらめで私達をミスリードしていたことと、紫式部が神である「天皇の地獄堕ち」を描いた理由についての説明です。
また、話題となった『源氏物語』を曲解させる「光る君へ」のオリジナルストーリーを捏造とした理由についても説明しています。どうぞ、ご覧になってください。
目次
はじめに
第一章 『源氏物語』と藤原道長
第二勝 『源氏物語』と紫式部
第三章 「恋愛小説」の怨霊と「諷刺小説」の怨霊
第四章 『源氏物語』に映り込む二つの政変
第五章 戦略の鬩ぎ合いの末に完成した奇跡の物語
おわりに
※出版を希望しています。クラファン的ご購入をお願いいたします🙇。
※○に適語を入れてください。本稿の(1)のどこかに出てきます。クイズとしてお楽しみください。本稿の(2)で解答します。
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