叶わなくても“挑戦し続けて” 宇多田ヒカル「Keep Tryin'」
きっと20代以降の人なら聞き覚えがあるだろう、この曲。
宇多田ヒカルの「Keep Tryin'」。2006年にリリースされ、auのLISMO!のCMソングとして流れていた。
ガラケーがスマホにほとんど置き換わって、今ではもう耳にしなくなった着うたが普及していたあのころだ。PVの画質からも時代を感じる。
僕は、「Keep Tryin'」が宇多田ヒカルの真骨頂だと思う。
浮遊感のあるイントロからはじまる「Keep Tryin'」は、どこか宇宙を連想させる。ずっと足が地面に着地していないようなふわ~っとしたサウンドだ。
カラオケバージョンがわかりやすいんだけど、コーラスがすばらしい。ささやくように、来てほしいところに来る。
そして、「Keep Tryin'」の一番グッとくるところは、楽曲の切なさだ。
けっして泣かせたり心を動かそうという雰囲気があったりする曲ではないけれど、とてもセンチメンタル。その理由は、サウンド面だけではなく歌詞からくるものが大きいと思う。
「Keep Tryin'」は、一貫して挑戦することの大切さ、尊さを歌っている。
挑戦しているのは、仕事だろうか。恋愛、勉強、スポーツ、料理、車の免許……僕たちが挑戦する対象は、生きている限りいくらでもある。
だからこそ、「Keep Tryin'」はたくさんの人の心に響く。歌詞を自分に当てはめて、まるで宇多田ヒカルに応援されているかのような感覚で奮起できるからだ。
ただ、この曲のすごさはそれだけじゃない。「あきらめないで」という言葉を使わずに聴き手の背中を押すのだ。
「あきらめないで」という言葉はよく使われるし、表現として“普通”だ。「keep trying」という宇多田ヒカル流のエールが、この曲を他とは違うものにしている。
片想い、つまり挑戦した結果が上手くいかなかったとしても、挑戦し続けてと歌い続ける。
お父さんやお母さん、車掌さんにまで「keep trying,trying」と投げかけられているのは、挑戦するのに年齢や立場、性別は関係ないという表れだろう。
「情熱にお値段つけられない」はキラーフレーズだ。宇多田ヒカルがもつ唯一無二の言葉選びのセンスがギラリしている。
「あきらめないで」というありきたりな言い方ではなく、随所に散りばめられた独特な宇多田ワードでエールを送る「Keep Tryin'」。
挑戦した先にあるのが成功でも失敗でも、挑戦すること自体がとても意味があるからやめないで。そんな切実な「keep trying」を曲が終わるまでくりかえすのだ。
何度も、何度も。フレーズのくりかえしと何度も挑戦する姿を重ねているかのようだ。
暗に歌詞で意味している失敗しても挑戦する姿を想像すると、とても健気で儚い。努力が叶わない切なさが心にジーンとくる。
もうすぐ4月。春からなにか始めようとか、挑戦してみようと考えている人も多いだろう。
挑戦するあなたの背中を切ない感じで押してくれる。それが「Keep Tryin'」なのだ。