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自惚れでもいいから

バイト先で、ちょっと嫌なことがあった。嫌なことというか、ちょっと怖いこと。

おそらく人生で初めて、セクハラまがいのことをされた。バイト先の人からではなくて、外部からの不審電話というやつだ。
相手がうまく騙して誘導してきたから、話が相当進むまで気づけなかった。最終的に「それを聞いてどうするんですか?」とこちらが訝しんだら勝手に切られて、そこで初めて確信した。

下着の色を聞かれたこともなければ痴漢にすら遭ったことのない私にとっては、かなりの衝撃だった。今になって、自分が性的に消費される対象だということを自覚してしまった。それだけ私は女性として成長していて、欲望のままに利用されることが可能になったということを。

ただその時は、そういう目的で電話をかけられたことよりも、話の流れでうっかり個人情報をばらしてしまったことの方が不安で仕方なかった。ちょうど社員さんのいない私一人のタイミングを狙ったかのように電話がかかってきたから、私の顔もばれているかもしれない。どのみち個人を特定できる情報を向こうが持っているから、顔バレするのは遅くないだろう。

そこで、私の報告を受けて心配してくれた店長からの助言もあって、その日の帰りは某同居人(ここにも書いたように今は「元」だけど)に迎えにきてもらうことにした。


同居人のことについてはあえて書こうとしてこなかったけれど、簡潔に言うと彼は多くの女性(クソデカ主語)の理想の彼氏像からはかけ離れた人、のように見える。私のnoteの存在が知られているのに勝手に書くのもなんだから、このへんで留めておく。なんというか、改まって許可をとるのもなんだか気恥ずかしい。私たちはそういう間柄だ。

彼の家から私のバイト先まではかなり距離があるから、私が駅に着いてから家に帰るまでの暗い道のりだけ付き合ってもらおうと思っていた。
ところが彼は、本数の少ない電車に乗ってまでしてバイト先の最寄駅に来てくれるという。家から遠いし当然めんどくさがるだろうと思っていたから拍子抜けした。一般的な理想の彼氏さんなら当たり前に来てくれるだろうけれど、うちのは違うから。……そろそろ怒られるぞ。

バイトを終えて、彼の電車が来る時間帯を見計らって外に出る。駅に向かって歩いていくと、早足できょろきょろしながらこちらに近づいてくる人影が。私に気づくと、「もう!」と冗談めかしたように叱られた。でも同時にどこか安心したような表情も見えて、勝手に自惚れてしまいそうになる。

帰りの電車でも、帰り道の暗がりでも、彼は雨の中しきりに後ろを振り返っては殺意を振りまいていた。私はというと彼がいることにすっかり安心しきってしまって、彼がなんのために周りを注意深く見ているのか一瞬わからなかったほどだ。こういうところが、危機感の足りない世間知らずだと言われる所以だろう。


付き合っていた頃も今も、彼は「好き」という言葉を滅多に口にしてくれない。言葉の安売りをするのが嫌なんだとか。私はむしろ、想いはたくさん伝えてなんぼだと思うタイプなので、かつてはそれでよく揉めた。慣れというのは恐ろしいもので、2年経った今ではもうそんなことどうでもよくなっている。

口にして伝えてくれない分、この人は私のことが好きなんだろうなと思わせる行動が少なくはない。それが本当に私のことが好きな気持ちからの行動なのか、私の思い込みにすぎないのかは定かでないけれど。今回の件は前者だといいなと思う。

彼が私を家に送り届けたとき、この世の何よりも愛おしいものを見つめるような目で私の頭を撫でてくれた。私に興味がない素振りを見せるくせにこうして駆けつけてくれたり、長らくただの友達みたいな付き合い方をしてるのにこんな目で見つめてきたり。やっぱり前者だよね、前者でいいよね?と期待してしまう。

もう私の自惚れでもいいから、これからもずっとこの人といたいなあ、なんて考えてしまったこの気持ちは、そっとどこかに隠しておこう。

別れ際、雨の音に紛れて「好き」と聞こえたような気がしたのは、気のせいだったのかな。




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皐月まう@2/9文フリ広島E-29~30
ご自身のためにお金を使っていただきたいところですが、私なんかにコーヒー1杯分の心をいただけるのなら。あ、クリームソーダも可です。