都内へ4日間の出張 金曜夕方、1時間ほど時間があったでの20年ぶりに豪徳寺へ 昔から東京へ来るときは、おばさんの家だった 「富士屋食堂」 小さい食堂だったけど、アイスキャンデー、サイダーが飲み放題だった 様変わりした小田急線に初めて乗り、経堂まで行き、 様変わりした経堂の駅から世田谷線に向かい歩く、 様変わりした沿線から、一歩商店街に入ると、お店は変われど風情はそのままだった 何十年か前の雰囲気、感覚だけが覚えているが、思い出せない 小さい
夏前から続くモヤモヤの原因がわからず、 10月になった 2021年の元旦に壁に貼った、 "だれも考えないような未来の仕事を自分にしてみよう" この言葉を4年前に貼り付け、 毎日朝出かける時に読んできた 4年前にキャリアをチェンジして、新しい仕事に向き合った 商品を企画することから、事業を企画することから 人と向き合い、何百人の人生に触れた 7月にトークショーに出演し、大勢の前で話した その後から、始まるモヤモヤ だれも考えないような未来の仕事を3年続
土曜日、お袋さんの病院へ行く 夏から入院、一時は微熱が続いたが、今は安定してる 夏ごろから食べることが難しく、胃ろうを行い 少し安定してる 認知はコロナ禍で進み、息子ほとんど認識はされていない 病室でも、穏やかに眠っている 2019年頃まで、こんな会話をしてた 葡萄畑の広がる特養、3階ラウンジで1時間 持ちこんだ寿司弁当を二人で食べた いつも、嫁さんか、娘と一緒だけど、今日はひとりの訪問 ひとりは少し緊張する お袋さんが、覚えていない時があるから、 思
木曜日の夕方、中央体育館 1年ぶりのバッシュ 1年ぶりの生徒 1年ぶりのコーチ 部活の地域移行は、いろいろ議論があり、バスケ教室で再スタート。 子供たちは、月2回の部活練習で試合に臨む。 うまくなりたい子供に、練習する機会を提供できればと、 毎週土曜日の夜、バスケを教える グラブの運営、あり方、部活の連携、保護者も加わり 子供たちへの説明も行い、 まずは、うまくなりたいという思いを叶える 子供たちが、このメンバーで試合をしたければ クラブで試合に出ればいい、最初から
夏休み10連休 初めての横浜スタジアム 度会選手のユニフォームで参戦 14対4で快勝、度会は出場できず、翌日代打で出ていた 気温35度のスタジアム ビールを飲まず、ぼーっとする頭に冷えたペットボトルを5本 長い試合だった 初めてのハトバスツアー 翌日、都内に10年も住んでいたのに 一度も乗ったことのないハトバス 2階建てバスの上から都内をめぐる 国会議事堂、東京タワー、スカイツリー、レインボーブリッジを渡る 25年前とは違う 初めての東京の空 気温35度のバスの
8月15日 親父を思い出す 2017年、 親父が免許を返還した 自分で返すと言った3月から 結局8月だった 最後は車を取り上げ、 家族、親戚で集まり、説得したのが7月のはじめ 自分で返すと言ってたのに、 いざ返すとなったら、グダグダ複雑な思い 初めて我が家に、車が来た日を覚えている 幼稚園に入る頃、1台の車が我が家に来た ホンダ ライフ 深緑の車だ 大喜びの幼稚園生は、次の日車の屋根に布団を敷いて
有楽町 国際フォーラム BIZREACH HR SUCCESS SUMMITに参加した 3年前に始めた新しい仕事、 試行錯誤を重ねて、 600人の前で、現場感覚で、 丁寧に謙虚に本音を伝えてみた 最前列でメモを取る真剣な眼差し、 腕を組んで頷く真剣な眼差し、 パネルを変えるごとにスマホで捉える真剣な眼差し、 視線を手前から遠くを見渡し、時々笑わせて 気がついたら、制限時間8分なのに14分も喋ってた もう少し若い頃に、このキャリアに出会えたら、 もう少し若い頃に、
早朝の草刈り 町内で集まり、川原の草を刈る コロナで中止していた関係で久しぶりに集まった 以前は、だれかが、下草狩りを事前に整備してたけど 今年は、一からすべての草を刈り、袋に詰め込んだ 以前は、だれかが、場所を指示してたけど 今年は、それぞれが気がついた場所の草を刈った 1時間の中腰が堪え、久しぶりに近くの温泉銭湯へ 最近、サウナに行っていたので、ここに来るのは数カ月ぶり 以前は、露天で大笑い、 顔なじみの常連と 外国人が来て、みんなでおどおど 日本語が
火曜日 中学校 木工室 部活のクラブ化の説明をした 8カ月ぶりに会う生徒 初めて会う一年生 熱心に、食い入るように見つめられた 自分に何ができるか、伝えられるのはバスケの技術 うまくなりたいその気持ちに、応えることしかできない 決めるのは生徒、 もう14歳、しっかりキミたちで決められる 自分で決めることで、未来が変わると伝えた 金曜日 塩尻えんぱーく 地域の人事部 全国フォーラムに参加 全国で活躍するNPO 久しぶりに、6時間 真剣に彼らの話を聞いた
連休、東御市 浅間山 「こだわりがなかったかなあ」 「でも、50歳ぐらいから組織でなくフリーの立場で働きたかったと」 フリーかあ、、、 久しぶりに大先輩で 20代の自分に一番影響受けた、当時の上司に会った 彼が50歳ぐらいまでは一緒に仕事をしていたが、 その後、違う会社生活送った 聞きたかったのは、私が関わらなかった50歳以降の 会社の関わりと定年後の10年だった 午後2時に東御市近くの芸術村のカフェで待ち合わせ、 浅間山を見ながら、2時間も話し込んだ 改め
大学の友人ケンからLine 久しぶりに会おうと 連休明けの出張を前倒して新宿で再会した 店に入るとケン以外に久しぶりに会う笑顔が 日焼けした、白髪まじりの顔が、 あの時、キャンパスではしゃいでいた時と同じだった 瞬間で、思い出した、 瞬間で、引き戻れた、 その瞬間、ふつうにあの時の言葉で、ふつうに笑った 30年ぶり、10年ぶり、いつ会ったかも忘れた いろんな友達と出会って、最後はケンと語り明かした藤沢の夜 そう、いたんだ 熱くなれる友達が何人も 何人も
卒業式 バスケ部3年生から手紙をもらった 丁寧な言葉で、暖かい気持ちになる 昨日、昨年引退したコーチと旧友が松本に来たので一緒に飲んだ この10年間でバスケを教えた生徒は84人になると、彼が言う ほぉ~と感心し その年、その代で物語があり、ドラマがあったことを思い出した 不思議と生徒の名前と顔を覚えている 当時の試合の流れ、雰囲気を臨場感で覚えている 部活は地域移行の課題に直面し、年明けから クラブチームの設立をできないかと相談を持ち掛けられ、
3月1日 朝 8時 甲府駅 あずさ10号 卒業式に向かう生徒 40年前、あそこに居た プレバトで昇吉さんの俳句を見た 三月の 空に託せる ものがない 卒業式の体育館、空を見上げて想った 託せるものがない 18歳で受けた大学はすべて不合格 3月の空は、青く、拡がる この空に何を託すか、この未来に何を託すか 高校の卒業式は、ticktokにあるような 歓喜も感動もなく、 ひたすら、自分と対話する時間でした 母からもらった3万円、1週間京都を
日曜日 朝 静かに雪 変えられないもの 性格、過去、他人、感情 変えられるもの 行動、言葉、自分、未来 変えられないものにこだり 変えられないものに愚痴をこぼし 変えられないものに感情を左右されてきた 大事なことはしっかり受け入れること 性格は変えられない、 過去も変えられない、 他人は変えられない、 相手の感情なんて、手が付けられない でも、 行動は変えられる 言葉は変えられる 毎朝、おはようと言える、 毎週、ジムに通い始めた、 毎日、だれかにありがとうを
2014年2月 大雪だった 当時、東北へ出張 5日間、松本に戻れず、大宮で足止め、 さらに、新幹線で12時間閉じ込められた その時、隣のばーちゃんと仲良くなり、 チョコレートを分け合った 彼女は、石巻からの移動中とのこと 当時の震災の話を聞いた ツイッターで新幹線の運行情報を見せると、 12時間閉じ込められて不安でしたが、 いろいろ状況知らせてくれて、安心しました言われた あの時感じた、震災直後だったのか、 JRの窓口でも、駅員さんの対応でも、
ビリージョエルを聴いた 気持ちが飛んだ 中学2年の頃か、正確に覚えていない 多分、こんな季節、寒い季節だった 学校をズル休みし、一人部屋で布団に包まり聴いていた どんな状況で、なんで聴いていたか、断片的にしか思い出せない、 記憶に断片の、 風景が紙切れのようにひらひらと舞って消えていく 名前が思い出せない友達の顔も、ひらひらと舞っていく 17年ぶりの新曲 Turn the Lights Back On 小さい書き込みを見つけた I’m crying! I