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【読書感想】2024年103冊目「義経(上)」司馬遼太郎/文春文庫


pp.6–41 寝腐ねくたれの殿

常盤ときわの沈黙はすくなからぬ威圧を長成にあたえた。長成は気が弱い。常盤の沈黙は、源平の武力の無言の威圧のようにうけとれるのである。・・・

僕もこの手を使ったことがある。何も言わないというのは、相手にものすごい威圧感を与える。

pp.42—76 四条の聖

その唱名のありがたさに法悦のきわまって泣き出す者さえあり、ときにはそのまま鴨川の淵へ駈け出して死ぬ者さえあった。唱名の満ち満ちているあいだに死ねばそのまま急ぎ極楽にゆけると思うのであろう。現世はまことに穢土で、住むに苦が多すぎるのである。・・・

コンビニ、スマホ、ゲームなど快楽あふれる今からは隔世の感がある。ノイローゼなんて、なんとも贅沢な悩みだ。

pp.77--110 稚児懺法

「また東には」  覚日は指で書きつづけながらいった。 「下につく文字によっておもしろい意味がうまれる。司をつけ、東司と書けば唐土では厠の美称になる」  覚日の手が、遮那王のうしろにまわった。そこに丁字油の芳香がかおっている。 「下に西をつければ東西。東西といえば唐土ではこの前の」  と、覚日は遮那王の前に触れた。 「隠語になる」・・・

知らなかった。中国語と日本語には同じ漢字であっても、今は全く異なる意味を持つものがある。ルーツを知ると面白い。

pp.111-- 144 鏡の宿

「所詮は、土地を失った盗賊ぐらいがあなた様を無邪気に慕い寄ってくる程度でしょう。土地のある者は、たとえ源氏でも土地を守るために節操も忠義も売らねばならない」・・・

人が、目先の金に目が眩むのは世の常。そうではない人間はほんの一握り。

pp.145--177 蛭ヶ小島

かすかにうなずく。  というのが、(源)頼朝の癖だった。明瞭な意思表示を好まず、まわりの者に献言させ、それが気に入るとかすかにうなずく。 「人取る深淵は声を立てぬ。佐殿はおのずと大将の骨法を心得ておわす」・・・

深い考えをする人は、大声を出さない。そうだろう。そうであらねば。

pp.178--210 白河ノ関

土地を長男が相続するのか、父の指名する子供が相続するのか、相続の慣習が確立していないため、兄弟間で紛争がおこりやすい。 「一所懸命」  という、これはやがて国語になってゆく言葉が坂東にある。自分の一所をまもるために命を懸けるという意味である。・・・

そんなところに語源があったんだ。初めて知った。

自分の血に、それほどの価値を見出してくれるひとがいるのか。  というよろこびが、九郎義経にある。義朝からついだこの血のみが将来の革命をうむ唯一の資産であるはずだのに、東国の住人たちのあまりな冷たさに、なかば絶望をしはじめていたやさきであった。・・・

僕にも血筋を思い出させてくれた人があった。今はとても感謝している。

pp.211--278 弁慶、京の源氏

武士の倫理は後世になってさまざまの倫理綱目が付帯したが、この時代にあってはただひとつ、恥を知るということのみである。・・・

もうこの頃から武士に「恥を知る」という倫理が根付いていたのかと驚かされる。

pp.279--344 富士川、義経

「佐殿はわしにとっておん兄君にあたらせられる。わしは弟である。この一事を、わすれるな」 (初心いお人だ。御兄弟なればこそ、糸のもつれがあやしくなるのではないか)  弁慶はそう言おうとしたが、さすがにそれ以上は口にしかねた。・・・

身近に血の繋がった人がいては、統率が取れなくなるというのは、いつの時代でも同じだ。

pp.345–415 木曾殿

東海道、東山道、できれば北陸道をもふくめ、それらの国々の荘園および公領の管理権を私にもたせてもらいたい。・・・この頼朝の一見さりげない提案が、その後七百年の武家政治のもとをひらくにいたろうとは、ゆめにも気づいていない。・・・

鎌倉幕府って、武家政治の原点だったんだ。こうして小説で読むと歴史って面白い。

pp.416—499 法住寺炎上

寝た児を、おこしてはならぬ。それが頼朝の底意であった。  その底意をつらぬくために、なんとこの義経という弟は、頼朝にとってつごうのいい性格であろう。およそ政治感覚がなく、自分がどういう政治的存在かということすら知ってはいないのである。・・・

いくら力がって、性格が良くても、知恵がなければどうにもならない。義経は確かに人気者だったのだろうが、リーダーには向かない。

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松坂 晃太郎  / ヒロボー 代表取締役
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