胡桃
詩誌に載せてもらった詩があったと思い出し、探して物置に置きます。
主に新聞に載った詩。
2023年の連載エッセイから。
つくった俳句を記録します。
今まで書いたて発表していた雑文を置いておきます。
はたらく 夏谷胡桃 バス停でおばさんがわたしに尋ねた 「都デパートへ行くバスはここでいいのか」 いいですよ。青いきれいなバスが来ます 時間を見てあげますね 十時十八分です。まだ十八分あります 「ご親切にありがとう わたしはね、蕎麦屋で三十年蕎麦を茹でていたから 背なかを痛めてね 整形に通って少し良くなったけど・・・ まだ通っているよ」 どこのそば屋ですか? 「昔、県庁の後ろのほうにあったんだよ 旦那さんが病気になって店はなくなった 駐車場になってし
マトリョーシカ ジーパンのポケットから 砂がじゃりじゃり落ちてきた いつの砂 海へいつ行ったのか 津波のあと 泥にマトリョーシカが埋まっていた 赤いチェック柄のエプロンがチラッと見えた 居間の棚にかざられた義父のロシア土産 小さな息子が 出してはいれて遊んでいた つまんでは首をかしげ くりかえす 踊る子はいませんか ほんとうは踊りたいの 恥ずかしくて隠れている 心は飛びたいというのに 踊りましょう 両手をあげてくるくるまわる 涙も脱水してかわく 海へ行っ
舞う 四温かな詩集ひらいて栞おく 逝く人を見送るように春の風 白塗りの舞踏家桜散るままに 花水木寛解という手形もち 百年の壺をかかえて梅を干す 羊歯萌ゆる宇宙のどこか森あるか 畔青む爺のステップ早くなる 薫風やマイムマイムの手が離れ 青胡桃勝気なわたし取りもどす 菖蒲園マチスのダンスみた後に 西瓜抱き天下無敵の子どもたち かき氷知らない町の猫なつく 居るだけでパワハラになる皇帝ダリア 重陽や弓射るように子を放ち 百年の後に芽を出せ胡桃生る 紅葉かつ散るピナ・バウシュの鎖骨
屋根裏に巣をつくった椋鳥たち 月明かりで森の姿もはっきり見えるのに 椋鳥たちはぐっすり眠る 夜中に眠れない私が寝返りをうつと 椋鳥がもぞもぞ動く音 椋鳥も目が覚めて、まだ朝ではないと 二度寝しているのかな 太陽の陽がひとふさ現れると 椋鳥母さんは起き出して外に飛び出す 子どもたちは「腹減ったー」と大騒ぎ 子どもたちが巣立つまで この騒ぎがつづく こんな時代がわたしにもあったのだ 子どもたちの腹を満たすことを使命として とびまわり台所にへばりついていた あっという間に 椋鳥の子
久しぶりに家にいるお休みの日に晴れた。春からイベントや出かけるときは晴れるのに、家にいる日に限って天気が悪い。今日は半纏や大物の洗濯をし、風呂掃除をし、玄関前の草取りをした。自分の部屋も掃除した。部屋の隅に積んであった20年分の「海程」をまとめて紐で結んで玄関に置いた。小屋に入れておいて、今週は資源回収は紙なので捨てる。夫が「海程」を捨てるのはもったいないのではないかと言う。「国会図書館や北上の詩歌文学館にあるから、必要なら見れるでしょう」と答える。たくさん置いておいても読み
非正規の女ばかりや一葉忌 パスワード忘れて宇宙時雨れるか 日記買うシルクロードは封鎖され コサックのダンス華やか寒気団 鉄砲音二発そののちしずり雪 枇杷の花閉まったままの饅頭屋 鳳凰の刺繍擦り切れ天保雛 デパートの重いドア開け天皇誕生日 スコップや種は光の子どもたち 春キャベツきみは羅漢のように待つ ユリノキの花の下には音楽隊 タイマグラいい黴の住む古屋がある 羚羊についていきたし苔の庭 蕗を煮る夫婦ふたりのひと掴み 神楽舞うからだに蛍飼いならし 弁慶の生まれ変わりや大山椒魚
※今朝、引き出しにあったUSBメモリーを開いたら、懐かしいいろいろな文章や講義したときの進行や資料、学会の資料が入っていて、遠い目になってしまいました。今回の「山に登る」もその一つです。10年以上前の文章です。 山に登る ―辻まことのように 胡桃 「趣味は登山です」と言いたいが、最近では年に一、二回しか登っていない。 山登りは、東京の大学時代にはじめた。千葉という山のない土地に生まれ、山に憧れたのは、辻まことという
毛糸を編む 編みかけの毛糸の靴下をとりだした つま先を残してぱったりやめている 毛糸を触りたくなる温度があるようだ ある日毛糸に触らなくなり 秋日和のある日もぞもぞ編みだす 編めば手が覚えている 毛糸を編む 夏の日がおだやかに身体にたまっている なんて素敵な時間 でもふと 生産性のないことをしているような もっとお金になることをしなさい 誰かにいわれているような 毛糸を編む 靴下の踵を編むのはめんどくさい めんどうだなあと思うのに 手を動
あれっ、パソコン内を探したけれど原稿がみつからない。 ※詩誌「回生」第も号(通巻第四十六号) 2022年1月10日
縁があったら 「縁があったら、どこかで会うよ」 そう言って君は別れた メールアドレスも電話番号も知らない SNSで探せるかもしれないけど 探さなかった 結婚して子供を産んで子供が結婚し あるとき君と再会した 何十年も会わなかったのが嘘のように 読んだ本の話をする 出会うべき人に出会うものなのだ 風があの樅の木に出会うように わたしを過ぎ去った人が すべて懐かしい 青いドア 北国のさびれた飲み屋街に青いドアがある ペンキで塗りこめられた青が雪に映える ドアの前
壺という壺に月光脈打つ 独り居の星食べるよう猫まんま 寄席ひとつ魂食べて繭ひとつ わたしたちバベルの塔に着ぶくれて 手足冷えカラスきれいな空食べる 鹿の血の雪に染み入る静けさや 白衣脱ぎ全ての紙燃やし雪 雪野にてキツネノママゴト緋毛氈 花綵列島ちいさなちいさな老夫婦 誠実なあなたの吃音蝶が来る 演芸場 うつっぽい状態で、やる気が起きないとき、ネットで桂枝雀(二代目)や古今亭志ん生(五代目)など一昔前の落語を聞いていました。「饅
姉妹 胡桃 母の姉である市川の伯母は、私が嘘をついた話をする。親戚の集まりだったか、たんに家族同士の会食の場だったか、伯母はことあるごとにその話をみんなにした。 私が小学生高学年の頃、伯母の家の鏡台か、テーブルに置いてあった百円硬貨、二,三枚を私が見つけて、「お金あるから、駄菓子屋さんへ行こう」と従兄弟たちを誘い、そのお金でお菓子を買った。そのあと、そのお金が実は伯母のお金だとばれたという話である。 私には、盗っ
ランディは猫である。立派な毛が長くフサフサした大きな雄猫。種類としてはヒマラヤンのような大型の猫である。(はっきり種類がわからない。) 毛が長いので余計に大きく見えて、夫の母からは「化け猫」と言われていた。 ランディは一九年近く生きた。 生まれたのは、一九八五年。独身生活の夫の元に、友達が子猫を持ってきて、「一人暮らしは淋しいだろう」とおいていったとのことだ。イタリアへ帰国する一家に猫の赤ちゃんが生まれて、里親を捜していたらしい。でも、由緒正しき子猫の赤ちゃんを、
できないことばかりでも 胡桃 跳び箱が飛べない なんであんなものを飛ばないといけないのだろう 走って跳び箱にさわりとまる 跳び箱はやさしく受け止めてくれる マットででんぐりがえり 前転も後転もできない 仰向けになって マットにしみた人間のにおい もちろん逆上がりなんてできるはずがない ひんやりした鉄棒は血のにおい 地面を蹴っても どうにもならない うたが歌えない ピアノを習っている女の子たちに 音程があっていないと指摘されるの
無花果 昼でも薄暗い部屋の炬燵の上に 無花果のはいったパックがあった 炬燵テーブルはベトベトしている 「無花果好きなんですか?」 無花果か、何十年ぶりに食った むかし伊豆に行ったんだ 仕事があったんだよ 現場の近くの丘に無花果がたくさん生っていた 好きに食べていいといわれて むしゃぶり食べた 美味しかった きのうスーパーに行ったらこれがあって 思い出して買ったけど そんなにうまくなかった もっと熟せばいいのかな 伊豆には友人と一緒に出稼ぎに行った あちこち働きに行って 妻
鳥たち 胡桃 この春、鳥たちがうるさかった。山の家の外壁、とくに東側がアオゲラのおかげでボコボコに穴が開いている。一度、息子が帰ってきたときに、穴に木の板を打ちつけて修繕してもらったが、またすぐに穴を開ける。家の中で、コッコッコッと音が響くと裏口に飛んで行って、ドアを開け「コラー!ダメでしょう」と怒る。アオゲラは、ケッケッケッと鳴きながら、隣家との境にあるカラマツの幹の陰に隠れようとしている。アオゲラを叱っても甲斐もない。 本