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無花果

無花果
 
昼でも薄暗い部屋の炬燵の上に
無花果のはいったパックがあった
炬燵テーブルはベトベトしている
「無花果好きなんですか?」
無花果か、何十年ぶりに食った
むかし伊豆に行ったんだ
仕事があったんだよ
現場の近くの丘に無花果がたくさん生っていた
好きに食べていいといわれて
むしゃぶり食べた 美味しかった
きのうスーパーに行ったらこれがあって
思い出して買ったけど
そんなにうまくなかった
もっと熟せばいいのかな
伊豆には友人と一緒に出稼ぎに行った
あちこち働きに行って
妻も子もほったらかしで離婚されたよ
妻も子も同じ町に住んでいるけど会っていない
家族のために稼がないといけなかった
そう思っていたけど、家にいたくなかったのかもしれない
なんて言った。耳が遠いんだ
不便はないかって
生活するだけでも大変だぞ。九0歳だ
けっきょくお袋がこの家でたおれてもどってきた
介護したよ
そうしたらおれも年を取って世の中も変わって
出稼ぎにはいけなくなった
耳が遠いから、BSで字幕ものばかりみてる
いまは「大草原の小さな家」が気に入っている
アメリカでも行ってしまえばよかったな
部屋が汚いって
目が悪くて掃除もきれいにできない
食事は自分でつくる
弁当を頼んだこともあるけど、味があわない
濃い味で甘辛く肉が好きだ
健康に悪いといわれるけど、もう死ぬんだ好きにさせてくれ
伊豆はいい所だった
海が見えて暖かくて
デイサービス? いきたくないね
人と話しても疲れる
酒は昔からのめなかった
身体にあわないんだ。だから飲み友達もいなかった
むかしの趣味は競馬だな
馬をみるのはたのしい
もう20年近く競馬場にいっていない
無花果あげるよ。もう食べないから
山いちめん無花果の木があって
汁を垂らしながら食べたんだよ
船も見えたんだ

※2022年6月2日発行 詩誌「回生」せ号(通巻第47号)に掲載

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