はたらく
はたらく
夏谷胡桃
バス停でおばさんがわたしに尋ねた
「都デパートへ行くバスはここでいいのか」
いいですよ。青いきれいなバスが来ます
時間を見てあげますね
十時十八分です。まだ十八分あります
「ご親切にありがとう
わたしはね、蕎麦屋で三十年蕎麦を茹でていたから
背なかを痛めてね
整形に通って少し良くなったけど・・・
まだ通っているよ」
どこのそば屋ですか?
「昔、県庁の後ろのほうにあったんだよ
旦那さんが病気になって店はなくなった
駐車場になってしまって淋しいよ」
おばさんはとても背が低い
その身体で、大きな鍋を持ったり茹でこぼしたり
重労働だっただろう
でも、がっしりした手をしていた
美味しい蕎麦を茹でていたのだろう
わたしが乗るバスが来た
さようなら
おばさんと別れる
おばさんのヤッケにはシミがついていた
わたしはおばさんと書くが
わたしが還暦をすぎたおばさん
彼女はお婆さんといわれる年齢
知らない女性をどう呼んでいいのかわからない
その高齢の女性は三十年蕎麦屋ではたらいてきた
良い同僚もいたのか、夫はいたのだろうか
何も知らないけれど
「蕎麦を茹でていた」と自慢げにわたしを見て笑った
大変なことも多かっただろう
でもとにかく、ここまであっぱれ生きのびた
わたしはおばさんにそう言って抱きしめたかった
空から白鳥の鳴き声が聞こえたと思うと
バスの上を白鳥の群れが飛んでいくのが見えた
おばさんに祝福を
※『北の文学』第88号に載った詩です。