「“今”以下にならないで」
“「最近いいことないなー」なら全然いいんだけど、
「地味に嫌なことが立て続けに起こる」のはそろそろ神様ご勘弁を…。”
これは、私が10代の頃に時々こぼしていた言葉である。
“「今」以上”の幸せは求めないから
その代わりに
“「今」以下”になるような不幸は起こらないでくれ。
と言いたかったのだと思う。
…そして10年以上経った今でも、そう思うことが時々ある。
雲行き
今月から始まった私の新生活は早速、危機を迎えている。
仕事は、人も環境も、これまでで一番恵まれていると言っても過言ではない。これからも頑張りたいと思っている。
…問題は主に、住処である。
水回りの故障。
鍵の故障。
インターホンの故障。
そして何よりも…大嫌いな「虫」問題。
立て続けにトラブルが起き続け、
心がだいぶ、ダメージを喰らっている。
帰る家は、仕事から疲れて帰ってきたら、休息できる場所にしておきたい。
リラックスして過ごして、心と体を癒し
リフレッシュして、また頑張る。
…それが今、リラックスどころか“居心地の悪い場所”になってしまっている。
家を空けるのも不安だし
帰ってくるのも憂鬱だ。
今の心の中を言語化すると
怖い、不安、心細い、寂しい、悲しい…など、ネガティブなものが多い。
さらに、仕事と全く関係のないところでのトラブルのため
仕事の予習や復習ができないことに対して、もどかしさのあまり、自分を含めた色々なものに対して若干の怒りが湧いてきている。
しかしどうしても、集中できない。
落ち着かない。
何も手につかないまま、時間だけは恐ろしく早く過ぎ去っていく。
明日の準備が不十分なまま、明日がやってくる。
…この恐怖が、また心を蝕んでいくのだ。
幸せの度合い
こんな状況の中、友人に勧められたアニメをひたすら流している。
音のない部屋は寂しいし
少しでも何かに集中したいからだ。
そこで、こんなセリフに出会った。
…いつも新たな作品に出会うたびに思うけれど、
これも何かの縁なのだと思う。
少し前に、友人に勧められたことも
今、このアニメを見ていることも
今、この言葉に出会ったことも。
数年前だったら、なんとも思わなかったかもしれない。
こんなに響いていないかもしれない。
他にもたくさん、心に残ったセリフがあるけれど
今日はこの言葉について思ったことを残しておこう。
これは、登場人物の一人が、別のキャラクターを指して言っているセリフなのだが、「わかるなあ…。」と思った。
10代の頃によく口にしていた冒頭の言葉。
“「最近いいことないなー」なら全然いいんだけど、
「地味に嫌なことが立て続けに起こる」のはそろそろ神様ご勘弁を…。”
きっと、この言葉が頭をよぎる時
私は満たされているのだろう。
十分ではなくても、満たされている。
かといって、今が「最低」というわけでもない。
それは、自分では「諦めていたから」というわけではないような気がするのだけれど…今思えば、
なんだか「全てを諦めている」というよりも
「何も期待していない」ような感覚だったような気がするのだ。
…それが同じ意味なのか、全く違うのか。…自分でもよくわからない。
これ以上幸せになるための、新しい何かを期待していない。
たとえば
「今よりもっと人との繋がりが増えたり、人間関係がもっと良くなる」とか
「今の自分が仕事で認めてもらえる」とか
「今月、家族で仲良く旅行に行く」とか…
そんなプラスアルファーの幸せは、別になくても良くて
今が平穏で、心も生活もまるで“凪”のようで
この状況に満足している。
だから、不幸な出来事さえ起きなければ、それで良い。
時々、「幸せすぎて、怖い」なんてセリフをドラマなどで聞いたりするけれど、その感覚に近いのかもしれない。
それって
「期待しなければしないほど、満たされる」のか
「期待値を下げれば下げるほど、幸せになれる」のか
という問題ではなくて
「自分の幸せの度合いは、自分で決められる」ということのような気がしたのだ。
嵐の中で、凪を待つ
だからこそ、そんな状況の時。
「多くは望んでいないのに、なぜこんなにも嫌なことが続くのか」と思ってしまうのだろう。
小さなことでも、ちょっと不都合なこと、ちょっと面倒なことが積み重なると、その心の凪にじわじわと波風が立ち始め、知らないうちに、気づけば“嵐”のように生活も心も荒れてしまったりする。
それも、時によってはなぜか
割と大きな問題が、立て続けに起こることがある。
こればっかりは、抗う術がない。
どうにか好転させようと頑張っても、空回りしてしまったり、心が追いつかなかったり…
「なんかもう、何やってもダメだ」と思いたくなってしまう時がある。
静かにその嵐が過ぎ去るのを待って
また平穏が訪れた時
私はその“凪”を守ろうとするのだろう。
ほんの少しの波風を、恐れながら。
…実際、そんな風に何かをずっと怖がっていたら生きていけないとも思う。もう少し、良い意味で鈍感になりたい。
私は今、いつ抜け出せるかわからない嵐の中で
明日が来ることさえ怖いけれど
1分1分、なんとか息をして
小さな波風に打たれながら、生きている。
それでも、面白いアニメを教えてもらえたことで
今、生きることができているのだと思う。
「嫌なこと」が立て続けに続いても
この感謝がやがて、「いいこと」の方にカウントされて
それを繰り返すうちに
心の平穏につながったら良いな、と思う。
明日のことは、一旦考えるのをやめて
今日は昨日できなかったことを何か一つ、やろう。
2024.6.22