タケノコのキムチを自作した、松に手を入れた、二王子神社に行った、ヨモギを干し始めた、普通の休日である。
キムチ大好きである。冷麺も好きだ。Oさんの奥さんに水餃子を習った方に、キムチも習った。北朝鮮の少し北の地域の中国の方で、ツボいっぱいの水キムチをお作りになっていた。それまで知っていた、キムチは韓国系の赤いものだったのだが、彼女の水キムチ透明で、驚くほど美味しかった。
残念ながらその時は失敗であった。丸々の白菜を3つ使った。量が多すぎた上に塩が足りなくて、当然塩抜きも上手く行かないで、おかしな物ができたのである。その後20年の月日が流れた(笑)。その間にベーコン作りに唐辛子を使おうとと思ったりまあ、波乱万丈であった。出張の時に、アメ横まで買いに行った。結構面白い味に仕上がったことを覚えている。
一週間、塩と唐辛子につけて一晩塩抜きをしてから燻煙した。スパイシーで甘いベーコンになる。これはなかなか食べることが出来ないものであった。
会社が倒産させられた時に、Oさんは仕事もなく、もうこの土地にはいない。どこに行ったかわからないが、奥さんはハツメな方だった。東京でキムチを手打ち餃子の店を開いているならいいなあと、時に思う。
キムチを作ることにした
先日ある方のnoteでキムチの自作について読んで、また作ってみようと思い立った。発酵(腐敗)に関しては色々と考えることが多かったので、少し楽しみであった。
記事の中で干すと美味しくなると書かれていた。ああ、そう言えばと思った。
ここにタケノコも追加した。これが意外とうまい。シナチク風になるのであった。
野菜を干すと美味しいという記事も以前に読んでいた。自然のお日様と大気の中で干すことにはマイクロバイオーム的に意味があると思っている。なにせ、空気中では単位面積(すごく小さい/秒)当たり300万個の生命(肉)を腐敗させる菌が常に降り注いでいる。
唐辛子調達
唐辛子は、30分ほど離れたお店に買いに行った。海外のものを売っているお店である。バーボンやスコッチも美味しい。
昔このお店で見かけたことがあったので行ってみたらビンゴである。お店の人に訊いたらこの銘柄はよく売れるということである。
おまけに安い、400円くらいであった。細かくした方の香りが素晴らしい。ナンプラーと干しエビも買った。アミはなかった。
白菜とタケノコに、大根を入れて、砂糖とナンプラと唐辛子(2種類)を交互に入れて行く。
少し乾かしていない白菜も入れる。水が少なすぎてもいけない。タクワンのときも、水の上がりが悪いときは乾かしていない大根を入れる。
重しをして、2日くらいおいた。
美味しそうである。
母が使っていた漬物石である。風格がある。
水の出方は適切であった。香りが素晴らしい。少ししょっぱみは足りないが、成功した。
十分漬かっていたので、冷蔵庫に入れることにした。しっかりとキムチ色になている。
この麺は随分昔に買ったものである。これでない麺(乾燥のもの)のほうが細くてで好みであった。ソースは美味かった。
ばら肉を炒めて、最後にキムチを入れて、味を整える。豚キムチは好きだ。売っているキムチでは出ない味である。
タケノコも相当にうまい。乾燥させておくとタケノコは美味しくなる(シナチクである)。今年は不作の年なので、来年以降シナチクにすることにすることにした。多分、美味しいものが出来る。
唐辛子はまだ十分あるので、今年はまた楽しめそうである。白菜が少し高くなってきているのだ残念では有るが嬉しい。
発酵というのは面白いものである。僕らの食事を考える時に避けては通れない意味がある。
庭師のKさんが来て、一番高い松の枝を切った。
庭には、赤松が2本有る。母の父親が税務署の庭に生えていたものを持ってきたという。おおらかな時代であった。
袖のないバウアーを着たがこの上から長袖着たので暑くて仕方がなかった。雨の肌寒い日に着るのが正解。
隣家に葉が落ちて掃除が大変なのでバッサリとやることにした。
やはり仕事はプロに任せるがいい。
さっぱりした。
枝の処理は僕がする。処理場にはもう持っていかない。みな庭において腐らせるのだ。そして分解された幹や葉は庭木の生命の一分になる。
Kさんが切った枝を運ぶのは僕の仕事、一緒に仕事して技を盗む(笑)。時給換算なので安くしてもらえる。今日はいろいろなお礼に少し多めにさせていただいた。正直でいい方である。父母が結んでくれた縁である。
帰りには、キムチと水煮したタケノコをさしあげた。もちろん一番最初に採れた筍はすぐにさしあげた。
お金では買えない縁が続く。
丸鋸とチェンソーを借りた。ジェイソンごっこが出来る。電動なのでケーブルの範囲に獲物がこないといけないが。
Kさんのアドバイスで、足元の椿も大きくなるように周りの木を切った。流石に50年近く庭仕事をしていたお方である。いろいろな話を聞けた。この庭を作ってくれた造園会社の話も聞けた。当然、母の笹団子の事も知っていた。それはそうである。この庭をずーっと見てきてもらったのであるから。
造園業というのは、意外と歴史の短い職業なのだと気がついた。
農家は、庭などは自分の家で手入れする。昔からの家は、自営業であるので、自分でする。
つまり、会社勤めが始まり、農地を宅地として買って庭を持ちはじめて人たちがニーズの始まりなのだ。僕の父母の話である。その時代は長男だけがキングで「次男以降」は行き場がなかったのである。長屋に住んで、本家の手伝いしかなかったのである。
その時代は恐ろしく近くて、とんでもなく違っていたのだ。そしてメンタリティだけは残り続けるのだ。
手前の木蓮は大丈夫行けそうだと言われた。この庭をしっている方がいることは楽しいものである。庭をいじるというのは、絵画を書いているようだ。植物は自分で勝手に姿を変える。少しだけ手を入れさせてもらうのだ。これから、梅雨に入り、緑で一杯になる。
2018年には廃材の主便乗まで僕が持っていった。色々と勉強になる。
タケノコは一本
明日妻の友人が来るというので、タケノコを見に行ったら、少しだけ出ていたので一本取ってきた。今年は不作である。明日は5本くらい取ろうと思う。
二王子岳と言う山の中腹の神社まで行ってきた。
小さい頃は、遠足できたことの有るところだ。山深いところまで車で上がれる。麓には放牧場があり、父と母はヨモギや笹を取りに来たものである。今はもう閉鎖されていた。
1時間ぐらいのドライブである。おかしなことに一回も喧嘩にならなかった。どこか具合が悪いのであろうか、俺。
ヨモギを蒸して乾かすことにした。
今年は、笹団子を作ってみようと思う。
一時期キャンプで蒸し料理をしたときに、この蒸し器は買った。これだけデカイと、何でも蒸せるので大変重宝する。
どんな物ができるか、少し楽しみである。
手羽元揚げにビール
やっぱりビール買っちまった。クタクタである。何も仕事しなかった。そろそろ国体の契約関係が始まる。今年は開催されるであろうか。
手羽元をチューリップにして揚げた。腱を切って肉を関節のところままくりあげるようにする。軟骨にも熱が通って血合いがないので嬉しい。マユも大好きである。
気持ちよさげに、寝とる。
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