高価な衣料は投資か否か3
高価な衣料は投資か否かについて、前回の続きを述べていこうと思います。
今回は、衣料のハイリターンについて。
1では、「自分が」満足した時間によって、コスパが決まると述べました。
2では、誰かの命を寒さから守れるか否かで、ハイコストハイリターンがあると述べました。
3の今回は、ハイパフォーマンスとハイリターンについてもう少し述べていきます。
1でハイパフォーマンスとは、自分が満足した時間の累計であると定義したばかりではありますが、それはあくまでも、衣料そのものの目的から述べていきたかったからです。
衣料には、暑さ寒さを防ぐ、衣料そのものの目的からは外れた、副次的な目的があります。
そのうちの1つが、服を揃えることによる一体感の醸成です。
自分が満足した総量が大きいものならば、満足の時間そのものが短くても、ハイパフォーマンスでハイリターンとなります。
服を揃えるというと、制服や体操服の話が絡んでくるので、なかなか筆が進まなかったのですが、自分の意思で揃えるものは、ハイパフォーマンスです。一方で、誰かに揃えさせられるものはローパフォーマンスです。
パフォーマンスを決めるのは、自分の満足の総量だからです。
1番わかりやすいのは、スポーツのサポーターだと思います。
ユニフォームを毎年買っても、一生で、どんなに多くても数十回しか着ません。十数回程度な人もたくさんいるでしょう。でも大満足で元を取る。
満足の総量が大きいからです。
満足した時間を見れば、元は取れていないのですが、濃密な時間の大満足で元を取るのです。
機能だけ見れば、オーセンティックユニフォームほどの機能は、サポーターには要りません。
選手と同じ服で応援したい、という自分の気持ちを満たせたという自己満足で元を取っています。
オーセンは買わないけど、レプリカユニフォームは毎年買うという人もいるでしょう。
オーセンもレプリカも、ユニフォームは毎年毎年買っていないけど、チームTシャツは買っているという人もいるでしょう。
「自分の」満足の総量で決まるので好きにすればいいと思います。
その年のオーセンでのみ満足して良いのだ、などという理屈は、絶対に通してはなりません。
疑問という名の攻撃をする、厄介なサポーターがいたとしても、気にしてはいけません。
毎年毎年、現代のオーセンのように、子ども神楽の子どもの衣装を違う柄の新品にする伝統がある地方都市の話があります。
現代のエスコートキッズのようなものです。
(木下斉さんの狂犬ツアーで知りました。)
経済を活性化させるための先人の知恵です。
奢侈や散財に見えようとも、蓄財よりは良い。
蓄財を職人芸の維持に充てさせて、満足の総量を再分配できる良い手法です。
けれど、それは前近代に出来た伝統。
アウェイ日帰りなどという概念も手段も無かった頃に出来た伝統です。
現代は、数年前のレプリカを着てアウェイ全制覇だとか、スタジアムグルメでほんの少しだけ奮発するだとか、多様な満足方法があるので、好きにすればいいと思います。
自分の満足の総量が一番大きい服を選んで、自分が一体感を得ることが、最もハイパフォーマンスであり、ハイリターンです。