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【感想】小説『生殖記』

そのキャッチーなタイトルや実写映画版の出来の良さも合わさって未だに『桐島、部活やめるってよ』が代表作とされがちな気がする朝井リョウ

他にも『何者』や『少女は卒業しない』など実写映画化されたヒット原作は多数

本作の1つ前に出版されたのが『正欲』も漏れなく実写映画化されました。

てかこうやって振り返ると「原作はもちろん実写化された作品も全て映画として面白い」って凄いな。

さて、そんな最新作『生殖記』は『正欲』が描いたテーマをより深掘りする方向で書かれている。

  • マジョリティ主導で掲げられた「多様性」の欺瞞さ

  • 社会のレールに上手く乗れない人の生き方

そんな本作最大の発明は何と言ってもやっぱり語り手。
タイトルが文字りというかダジャレ的なので察しが良い人は薄々勘づくと思うが、ヒトの場合は股間に付いているアレである。
本作はヒトのオス個体の生殖器、すなわちチ◯コが語り手w

ちなみに本作における生殖器は付いてる個体が死ぬ度に転生してヒト以外の生物の生殖器を務めることもあるそうで、さながら『ブラッシュアップライフ』みたいな設定になっている。

本作の“主人公”はヒトのメス個体の経験はあるがオス個体は初めて。
そうして様々な生物の世界を覗いてきた視点からヒト、ひいては日本社会への違和感が綴られる。

この生殖器が非常に冷静かつ論理的というか常時賢者モードみたいなテンションな語り口なのが何だか面白い。
現実はあいつこそ「論理より感情」の象徴だと思うのだが…w
桃山商事が言うように男性が犯す過ちの多くにはヤツが絡んでいるわけで。

「おちんちんハッキング」素晴らしい命名だ。

前作『正欲』が「マジョリティの想像の及ぶ範囲で定義された多様性」を疑ったのに対し、本作『生殖記』は資本主義社会にその射程を広げている。

繰り返し登場するこのフレーズ

共同体の拡大、発展、成長

人類(ヒト)が生み出した資本主義社会はこれを前提としている。
企業は前年同期比での成長を市場から求められる。
仮に前年と同規模の売上や利益を生み出していても成長していなければ株価は落ちる。

この資本主義という題材・テーマは近年の映画でもちょくちょく扱われてきた。
パッと考えただけでも『ノマドランド』『ファースト・カウ』『ラストマイル』といった作品が思い浮かぶ。

自分も数年前こういうnoteを書いたけど、たかがお笑い番組でも(敢えてこう表現します)それが企業の営利活動の一環である限り儲けと成長は求められる。

全員マスク姿のサムネに時代を感じるなぁ。

閑話休題
本作は小説という媒体でなければ難しい表現手法を用いているのが素晴らしい。
映像作品で生殖器を語り手に設定するのはまぁ無理だろうw
ロバやカバを主演に据えた映画はあれど。

語り手の生殖器が付いているヒトのオス個体は様々な理由・経緯があって共同体の拡大・発展・成長への貢献を諦めている。
働く目的は生活費を稼ぐこと。
趣味は膨大に思える余暇時間を潰すため(ヒトは何もすることが無いと考えがぐるぐる回って鬱になりやすい)

これに似た価値観は麻布競馬場の『令和元年の人生ゲーム』でも描かれていた。

そういえば『令和元年の人生ゲーム』で新卒時代の沼田の配属先も総務部だったな。
自分も出世欲や昇給欲は弱い方なので彼らの思想に共感できないわけではないのだが、とはいえ資本主義の競争から自分だけ降りるのもまた違うと思っている。
会社内で低評価されるのはやっぱり辛いし。

ただ、では本作が単なる資本主義批判に終始しているかというとそうではない。
むしろ自分は着地の仕方にこそ朝井リョウの新境地を感じた。

朝井リョウは2016年のテレビ番組でオードリー若林と西加奈子との対談で自身の作風をこう語っている。

朝井 作品の中で、めちゃくちゃ説明しちゃうんですよ。西さんは読者を信頼して、すぐにわかってもらわなくてもいいって思って書いてる気がする。
(中略)
若林 たとえばさあ、作品の感想が来てさ、自分の狙いと違うってことがままあるわけじゃん。そういうときって「違うんだよおお!」って思うの?
朝井 めっちゃ思いますよ。僕が思うものと、違う受け取り方をされている。
若林 読めてねえぞ!って?
朝井 僕、右足→右手→左足→左手って順番に縛りつけて、最後に相手の頭を掴んでワァーって喋る作品を書くことがすごく多いんですよ。

ご本、出しときますね?,BSジャパン/若林正恭,ポプラ社,pp.28-29

『何者』なんかはまさにこの作風が炸裂していると思う。
前作『正欲』も台詞とモノローグの連べ打ちでテーマに言及していた。

しかし、今作では

前から思ってたんだけど、お前※って

※正確には「お前」の部分が
・君
・達家さん
・達家くん
に変わる計4パターン

という台詞が計4回登場するも毎回何かに割り込まれて続きが聞けないで終わる。
三谷幸喜の赤い洗面器の男を彷彿とさせるが、こっちはそんなに楽しいやつでもない。

明確に刺されないから主人公(語り手の生殖器が付いているヒトのオス個体)は特に考えを改めることもない。
何の言葉が続くはずだったのかの解釈も読者に委ねられている。
『正欲』までの作風からの大きな変化だと感じた。
気が早いけど次回作ではどのようなメッセージングで来るのか楽しみ。

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