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【論文メモ43】「わかっちゃいるけどできない」状態から抜け出す中堅社員の内省プロセスとは?
前回は、「見どころはあるが伸び悩む中堅社員」の育成を支援するマネジャーのあり方についての論文であったが、今回は、中堅社員自体の内省プロセスについて同一著者による論文を取り上げたい。
前回は、↓
取り上げる論文
タイトル:内省支援が必要な中堅社員の内省プロセスの特徴の質的研究
著者名:廣松ちあき、尾澤重知
ジャーナル:日本教育工学会論文誌、42(4)、297-312、2019年
概要
本研究は、組織業績達成の中核者として活躍しながらも経験からの学びが十分とはいえない中堅社員を対象に、内省プロセスの把握を目的とし、半構造化インタビューを行い、M-GTA によって分析した。結果として、中堅社員の内省プロセスは、まず仕事の問題解決の経緯を振り返り、次いで他者からの働きかけにより、自己の内面的特徴を多角的に検討することが分かった。また、内面的特徴の吟味過程で、自分自身の仕事観・信念と、仕事上の理想状態が葛藤すると、問題の本質的課題を理解しながらも、課題解決に向けた行動に取り組めないことが分かった。さらに、中堅社員の業務環境や振り返りの捉え方が、内省を「問題解決の経緯の想起」にとどめ、内面的特徴を検討する「深い内省」を妨げている恐れがあることが示された。最後に、中堅社員自身が行動変容に取り組むための、上司からの OJT による内省支援施策の重要性を考察した。
背景と目的
職業人は経験から学び、職業能力を高めることが求められるが、単に経験を積むだけでは不十分であり、学習者が学んでいることを意識し、意味づけを行う内省が不可欠である。
看護教育や教師教育では、反省的実践家の育成を目的とし、内省支援の実践と研究が進められてきた。一方、日本の企業における中堅社員の内省支援に関する研究はまだ発展途上であり、特にOJT(On-the-Job Training)や配置転換を通じた人材育成が主流であるため、内省支援の体系的な研究が不足している。
そこで本研究では、企業内の中堅社員を対象に、内省プロセスの実態を把握し、今後の内省支援に向けた示唆を得ることを目的とする。
方法
(1)研究協力者の選定と手順
・対象: IT企業(従業員8,000名超)の中堅社員5名(経験6〜14年)
・選定基準: 上司から「育成の優先度が高く、一定の業績を上げているが経験からの学びに課題がある」中堅社員を選出
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(2)調査方法
・半構造化インタビュー(各1時間)を実施し、逐語録を作成
・インタビュー項目
①自分を成長させた過去の経験
②業務中に内省を促した出来事
③職場における内省機会
(3)分析方法と手順
・M-GTA(修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ)を採用
・データの継続的比較を通じて概念化し、モデルを構築
・3領域・15カテゴリー・41概念を生成し、理論的飽和に達した
結果
「見どころはあるが伸び悩む中堅社員」の内省は、第一には仕事の問題解決の経緯を振り返ることであり、次いで他者か らの働きかけによって、自己の内面的特徴を多角的に検討することが分かった。また、内面的特徴を吟味する過程において、自分の仕事観・信念と,仕事をする 上で自分が「ありたい/あるべき姿」と考える理想状態との葛藤状況にあることが、問題の本質的課題を理 解していながらも、その課題解決に向けて今後の行動を変えようとすることを妨げていた。
上記の通り、3領域・15カテゴリー・41概念を生成しているが、3領域の概略は、以下の通り。
(1)仕事の振り返り(表層的内省)
・問題の発生 → 原因分析 → 対処 → 結果 → 再発防止策
・内省が「問題解決の経緯の想起」にとどまり、深い内省に至らない傾向
(2)仕事をめぐる振り返り(深い内省)
・自分の仕事観や信念を振り返るプロセス
・しかし、「分かっちゃいるけどできない」葛藤に陥る
(3)振り返りに影響を与える要因
・上司の指摘: 的確なフィードバックは内省を促すが、繰り返し指摘されると葛藤を強める
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わかったこと
(1) 中堅社員の内省プロセス
本研究では、中堅社員の内省プロセスは以下の3つの段階を経ることが明らかになった。
① 仕事の振り返り(表層的内省)
中堅社員は業務遂行の問題解決に焦点を当て、業務上の出来事を振り返る。具体的には、「問題発生 → 原因分析 → 対処 → 結果 → 再発防止策」という流れで業務を振り返るが、内省は問題解決のための手段にとどまる傾向がある
例: 「タスクが予定通り進まなかった」「事前準備が不足していた」→「今後はもっと準備をしよう」といった短期的な改善に意識が向かう。
② 仕事をめぐる振り返り(深い内省)
他者(上司・同僚)のフィードバックや研究者からの問いかけによって、より深い内省が促される。
仕事の問題解決だけでなく、自分自身の仕事観や信念に向き合い、過去の経験や価値観の影響を振り返るプロセスが発生する。
例: 「自分は『クライアント第一』という信念で動いていたが、それが原因で部下との調整がうまくいかなかったかもしれない。」
③ 振り返りに影響を与える要因
内省の深さは、職場環境や上司の期待・指導に左右される。「上司からの指摘」や「中堅社員として求められる役割の理解」によって、仕事の見方が変わる場合もあるが、強い信念や業務環境の制約により、深い内省が進まないこともある。
(2) 内省の阻害要因
中堅社員が深い内省を進めることを妨げる要因として、以下の4つが挙げられる。
① 内省の対象が「業務の振り返り」にとどまりやすい
・中堅社員は日々の業務に追われ、内省の時間を確保しにくい。
・「振り返り = 業務の改善」という意識が強く、「自己の価値観や信念の見直し」まで発展しにくい。
② 「分かっちゃいるけどできない」状態に陥る
・自身の仕事観や信念と、理想の仕事像の間で葛藤が生じると、内省は深まるが、行動変容につながりにくい。
例: 「もっと部下に任せるべきだと分かっているが、自分でやった方が確実だから結局任せられない。」
③ 上司の指摘が逆効果になる場合がある
・上司の指摘が適切であれば内省を促すが、繰り返し同じ指摘を受けると、「また同じことを言われた」と萎縮し、内省を避けるようになる。
例: 「毎回『もっと考えろ』と言われるが、どう考えればいいのか分からないまま終わる。」
④ 職場の役割期待が内省を制約する
・中堅社員は「業務の中核者として即戦力であること」を求められるため、「自分の内面を探求する時間は不要」と考える傾向がある。
例: 「振り返りの時間を取るより、目の前の仕事を進めることが優先される。」
感想
今回も研究協力者の発話内容を読んですごくよくわかるなあというのは多かった。概念やカテゴリー、領域の生成の仕方もなるほどと感心しきりである。
仕事をしていて「ひも解く」レベルまで内省することもそんなにない。自力でできるのはそのレベルまでで、「意味づける」レベルに行くというのは、誰かの助けを借りないと困難だろうなと思った。