今日という日
【ラジオ体操32日目】
こんにちは。
今日が最後の日だったら、間違いなく仕事なんてしたくないと思っている怠け者コマリストです。
今日は、厨二っぽいですが『今日という日は奇跡』というテーマで書いていきたいと思います。
「もし今日が人生最後の日だとしたら、私は今日やろうとしたことを本当にやりたいだろうか」
これは、スティーブ・ジョブズの超有名なスタンフォード大学でのスピーチの一節です。
ジョブズは晩年の30年間、この言葉を毎日鏡に向かって語り続けたと話しています。
正直に言います。
私は、初めてこれを聞いた時、”絶対仕事しないし、遊びに行く”と考えていました。
#人間失格
実際、皆さんどうなんでしょう。『今日が人生最後の日』だということが分かっていたとして、世のため人のために働くというかっこいい人って本当にいるのでしょうか。
おそらくですが、顔も知らない他人のために残された時間を使う人よりも、身近にいる大切な人のために時間を使う人が多いんじゃないかな。
ということで、”今日が最後の日”という話については、怠け者の私が書いても仕方がないと思っていますが、つい最近『今日という日は奇跡』だということを実感したので、その話を書いていきます。
1つの約束
1年以上前から、1つの約束をある方としていました。いつも通り、この方を”コマさん”として、話を進めていきます。
1つの約束とは、年に一度だけ開催される”特別なイベント”に一緒に参加するというものです。
年に一度だけということもあって、かなり人気のあるイベントのため、チケットを取るのも本当に大変です。
鬼のような電話攻撃によって、何とかチケットを確保したのが昨年の12月下旬でした。
チケットを確保できたことを、コマさんに報告して、本当にこの日が来ることを楽しみにしていました。
決断の日
このイベント開催が目前に迫った2月某日、コマさんと私の間でちょっとしたトラブルが発生しました。
どちらが悪いというわけでもないと思います。まぁ、どちらかというと私が悪いんですが。。
このトラブルをきっかけに、今後のコマさんと私の関係性を白紙にするような話にまで発展します。
このコマさんは、私にnoteを書くことを勧めてくれたり、やっと1か月続いているラジオ体操を進めてくれたり、読書やジムの継続など、今の私が習慣としているほとんどのことを勧めてくれた人です。
私の成長を心から願い、成功を信じ、適切な言葉をかけてくれるコマさんは、私にとって本当に大切な存在です。
大げさかもしれませんが、最近の私の成長はコマさん抜きにはありえなかったものだとすら思っています。
そんなコマさんと、決裂することは私にとってはとても受け入れられるものであるはずもなく、100%私が悪いことを認めて何度も許しを請うと同時に、今後の関係性の継続を求めました。
そして、自分が悪いくせに、子どものように駄々をこねる私に、諦めたのか、コマさんが私を許す”決断”をしてくれたため、決裂することはありませんでした。
イベント当日
そして迎えたイベント当日。
かねてからの計画通り、このイベントにコマさんも同行してもらったおかげもあって、最高の学びを得ることができました。
そして、その時にこう考えたのです。
”もし、あの時にコマさんが私を許す決断をしていなかったら、今日の学びは無かったのではないのか”
今日という日に起こる大半の出来事は、そこにつながる何かしらの”過去の決断”の上に成り立っています。
もちろん普段は意識することなんてできませんが、一つの決断の先には、さらに複数に分かれる多数の決断が存在していて、その一つ一つの先に「今日」という日が存在しています。
過去の決断を一つでも違えれば、”今日という日”は全く別のものになっているし、当然ですが”今日一日で得られた学び”というものも存在しないんです。
別に、すごいことを言っているわけでは無くて、本当に当たり前の話なわけですが、コマさんとのやり取りは、この”当たり前のこと”を強烈に意識させてくれた出来事でもありました。
まとめ
今日は「今日という日は奇跡」というテーマで、最近私が経験した出来事から意識するようになって、本当に大切なことだなと感じた話を書いてきました。
今、通っている学校や、努めている会社、運営している組織なんかもすべては過去の決断の上に成り立っています。
もっと些細なことで言えば、今使っているスマートフォンも、パソコンも、ボールペンも、過去の自分もしくは誰かの”決断”の先に存在するものです。
かっこいい言葉を使いたいだけですが、
森羅万象全ての存在は、決断の先に在る奇跡の産物である。
これを、日常的に意識して過ごすことができたら、同じ24時間の使い方が大きく変わると思いませんか。
というのも、過去が現在につながっている話ばかりしてきましたが、視点を未来に向けることもできるはずです。
今の決断が未来の自分を創る。
当たり前のことかもしれませんが、
"今日"という日を、”今”という時間をどう捉えて、どう生きるのか。
これが、未来の自分や、未来の自分の周りにいる人達へのギフトになります。
自分だけのためではなくて、将来にわたって大切な存在となる誰かのために、奇跡のような今日を生きていくこと。
これって、ステキだと思いませんか。
じゃ、またね。