ゲーム三昧小学生の、夏休みの過ごし方
いよいよ夏休みです。
いかがお過ごしでしょうか。この季節になると、自分のことをよく思い出します。
「ゲーム最高ヒャッハーーーー!」でした。
今はすぐ飽きてしまうので、流行りのものを少し遊んでみる程度ですが、1日8時間以上をドンキーコングに費やしていた者として、子供たちの「ゲームやりてぇえ」はすごくよく分かります。けれど、保護者の方からしたらどうしたものかと悩みの種でもあるでしょう。
教育の世界に入ってから、ゲームと子供を取り巻くさまざまな例を体験しました。そこで今回は、夏休みとゲームについてです!!
1)ゲームは敵か
Googleで「ゲーム・子供」と検索すると、まあ出てくる出てくる。本当にいろんなものが出てきます。ゲームをさせるべきとか、させるべきではないとか、ゲームの種類によってはいいとか。僕が子供の頃から30年以上経っていますが、変わらず結論は出ていません。むしろゲームの進化はものすごく速く、子供の適応力と相まってとても大人の頭の及ぶところではありません。
目の前の子供が宿題もそっちのけで訳のわからないゲームに夢中になっているとなれば、それは不安になるのも当然です。
酒好きが依存症になるのかは、分からない
僕は、ゲームとの付き合い方は家庭それぞれで決めていいと思っています。フォートナイトを死ぬほどやってもいい家庭もあれば、どうぶつの森はやってもいいという家庭。1日のプレイ時間を決めている家庭もあるでしょう。どれも正解ですし、どれも間違いではありません。(放任は違うと思いますが)
というのも、ゲームの影響は人によってさまざまだからです。大人になって、僕のように飽きて全然やらなくなる人、ゲームを人生の一部として付き合っていく人もいれば、ゲーム依存のようになってしまう人もいます。自分の子供がどうなるのか、それは「やってみないとわからない」というのが正直なところです。お酒を飲むようになって、楽しく飲む人もいれば、依存症になる人もいるのと同じです。分かりません。
なぜか「ゲーム」は考えるけど「宿題」は考えない
そしてもう一つ、宿題の影響についても考えなければなりません。僕たち大人は無意識に「ゲームは良くない」けど「宿題は良い」と思い込んでいます。果たして本当にそうか?と僕は思います。僕はゆとり世代なので、小学校の宿題はありませんでした。それでも、受験を経験して大学に行って、社会人になって、何ら問題は感じていません。確かに、「ゆとり教育の失敗」から今の教育があるのでしょうが、また何年かしたら改善されることを考えると、どっちでも良いなと思います。キリがないですよ。
宿題の目的は?
宿題の主たる目的は、「学習内容の定着」にあると思います。それが本当に出された宿題に備わっているのか、ちゃんとみてあげて欲しいです。中には「宿題をさせるための宿題」も存在します。僕はそれこそ時間の無駄だと思います。だったら友達と遊んだほうがよほど有意義です。
家庭学習の定着?自律?
よく、宿題のメリットとして、家庭学習の定着や自律に貢献するというものがありますが、そもそも宿題をやる子はそれが備わっているか、宿題のやり方が合っているからやれるわけで、嫌々やっている人にその力が備わるとは思いません。大人で考えてみてください。もしいきなり、数年の間、好きでもない野球をやれと言われ、「毎日素振りを家でやってこい」と言われます。もう苦痛ですよ。そんなことで良いフォームが身につくとは思えませんし、習慣だって身につきません。きっとその期間が終わった途端に辞めます。
2)答えは常識や本の中にあらず
そんなことを言うと、「宿題はやる必要ない」と言っているように感じるかもしれませんが、そうではありません。子供を見て欲しいのです。
子供には大人と同じ、個性があります。大人は、自分に合っている仕事とか生き方を考えるべきだ!というのに、子供はなぜかそれが適用されません。宿題をしっかりやって、100点をとる子が「良い生徒」と思っています。そんなのおかしいと思うのです。
この宿題は何のためにあるのか、本当にすべきものなのか、うちの子ができない理由は何なのか?そういったことを一つ一つ目の前の子供の反応と照らし合わせながら探っていくしかありません。
〇〇法とか、〇〇メソッドというのが巷に溢れていますが、結局のところ答えは本の中にはありません。本当に万人に当てはまる方法があるなら、悩める保護者は存在しなくなるでしょう。
大事なのは、常識や理論に流されないこと。答えは目の前の子供の姿にしかありません。
3)やっぱり体験の方がおもしろいに決まってる
一つ、僕が今まで数千という子供を見てきて思うのは、「やっぱり体験の方がおもしろい」ということです。ゲームもいいけど、友達と遊んだり、虫取りをしたり、見たことないものを見たり、経験したりする方がずっと子供は夢中になります。家でゲームばかりなのは、ゲーム以上のおもしろいものが身の回りにないからです。
夏休みにはどんな体験がいい?
僕は、体験には大きくサービスとしての体験と、自然の中の体験の2種類あると考えています。
サービス体験
サービスとしての体験(サービス体験)には、公園やテーマパークや、アミューズメントパークなどが挙げられます。お金を払えば払うほど、最新の体験や規模の大きい体験が受けられます。このサービス体験のメリットは手軽だということです。お金を払えば手軽に体験することができます。
しかし同時に、サービス体験は「人間が作ったもの」です。それゆえに「人間の頭の領域」を超えません。全てが作った人の予定調和であり、予測されたものです(当然、予想外のことが頻繁に起こるようでは営業などできません)。この点において、サービス体験はゲームに似ています。誰かが作った世界だからです。どんなにリアルで精巧に見えても、本物には敵いません。
自然体験
対して、自然の中の体験(自然体験)は、裏山や海、田舎のおじいちゃん家などが挙げられます。何が起こるかわからない空間です。どこに虫がいるかもわからないし、どこで足を踏み外すかも分かりません。こういう空間にいると、人は考え、動くようになります。提携先の保育園に行くたびに「子供は危ないことが大好きだな」と思います。飛んだり潜ったり登ったり、小さな擦り傷を作りながら「これは危ない」「ここまでならいける」と身体力と思考力を養っているのがよく分かります。
どちらも体験ですし、どちらもいいと思います。しかし、とことんおもしろいのは自然体験です。それは「人間の頭を超えている」からです。「結局こうなるんでしょ」というのは、安心をもたらしますが、そればかりだと退屈にもなります。おもしろい物語や映画には予想を裏切られるものが多いです。「そうきたか!!」という予想外がおもしろさを生み出します。
自然には人間が作ったものがほとんどありません。みんなそれぞれの生き物の意志で成り立っている世界です。だからおもしろいんだと思います。本当はそれが当たり前なんですけどね。
ただ、自然体験は、本当に面倒くさいです。全て自分でしなければなりません。最近、グランピングなるものが流行っているのも、そこにニーズがあるからです。自然体験のようなサービス体験といえるでしょう。ただ、ゲームばかりの子供を惹きつけるほどの魅力はないんだと思います。
キャンプ場でSwitchばかり
キャンプ場に行くと、ゲームをやっている子供を見かけることがあります。それは「刺激が足りない」からです。キャンプ場は非日常といえども、サービス体験です。制約は多いし、子供がしてもいいことには限りがあります。子供にとっては「キャンプ場に来てまでゲーム」ではなく、「キャンプ場も家も同じ」なんです。
4)二度と戻らない、家族の時間をどう過ごすか
結局、小学生という、人生で最も活発で、吸収力のあるかけがえのない時間をどう過ごすのか、これを家族で考えることが大事なんだと思います。
ゲームで終わる夏、宿題で終わる夏、それも間違いではありません。時間をどう過ごすのかを決めるのは、家族だからです。価値観や大切にしたい考え、伝統もあるかもしれません。
ただ、流されるのは違うと思うのです。中学に上がり部活動が始まり、高校生・大学生ともなると極端に家族の時間は少なくなります。時間は不可逆です。
この夏、一度全部を真っ白にして、家族みんなで話し合ってみてはいかがでしょうか。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?