みんな、みんな20歳だった
「僕は二十歳だった。それが人の一生でいちばん美しい年齢だなどと誰にも言わせまい」
ポール・ニザン「アデン・アラビア」冒頭の有名な一節。
この時期になると、どこかで誰かが引用している。
僕の20歳の頃を振り返ってみても、美しさなどどこにもない。
とにかく社会に反発し、斜に構え、生意気で、流行るものには背を向けて、その癖背中で隠して盗み見たりする。
髪はボサボサで、一年中汗臭く、汚れたジーンズに穴のあきそうなスニーカー。
金が無くなると、砂糖水でしのぐ。
今では絶滅危惧種かもしれないシティボーイなる者に嫉妬しながらもイキがる、僕のような人種もある程度の割合でいるにはいた。
世間は、バブルに向けて上昇していく時代、明るく、楽しくがもてはやされ、強制された時代。人々がおいしい生活を追い求めた時代。
少しずつお尻を洗う人が増えていった時代。
明るくも楽しくもない僕のような人間は、とにかく背を向けることで主張するしかなかった。
そんな自分を美しいなどと思えるはずもない。
しかし、20歳が美しいと言われる時代などかつてあったのだろうか。
みんなあがいていたのだ。
当時も、恐らくシティボーイはシティボーイとして生きようと、あがいていたのだろう。
ハマトラ女子はハマトラ女子として生きようと、あがいていたのだろう。
「『独りであること』、『未熟であること』、これが私の二十歳の原点である」
僕が20歳を迎える10年ほどまえに書かれた、高野悦子の言葉、今から40年以上も前の言葉は、誰にとっても原点なのだ。
もしも、長い人生の中の通過点に過ぎない20歳という年齢になんらかの意味を持たせたいのならば。
だから、今年の新成人の方々も、心配することはない。
不自由な生活の中で成人の日を迎えることになるが、恐れることはない。
式典もなく、ひとりで成人の日を終えることになるかもしれないが、大丈夫だ。
いつの時代も、独りで未熟で、みんなあがいていたのだ。
それに、人生の扉は20歳だけではない。
まだまだ多くの扉が人生には待っている。
僕だって、これから高齢者という未知の世界に足を踏み入れようとしているのだ。
あんなに美しくもなく、むしろ醜い20歳の青年だった僕も、今ではこんな御宅を並べながらもなんとか生活していけるくらいには成長してきた。
後悔のない人生などないが、今の自分を肯定して受け入れられる、そんな大人(それを大人と言うならば)になって欲しい。