『どうかしてるわ』
まったくどうかしている1日だわ。
どうして今日に限ってアラームが鳴らないのよ。
おかげで丸めたトーストを口に突っ込んだまま、駅まで走ることになってしまった。
でも、怖いのは、これで何とか間に合ってしまったことね。
わたしのことだから、これでいけるんなら、毎日これでいいんじゃないって思ってしまうのよね。
そして、毎朝、トーストを咥えながら走ることになるの、きっと。
すれ違う小学生たちに、「トースト姉さん」だなんて馬鹿にされるに違いないわ。
いや、あの子達から見れば、「トーストおばさん」かもしれない。
いやだ、いやだ。
どうかしている1日はまだ終わらなかった。
仕事でも、ミスばかり。
契約成立のお礼のメールを、間違えてクレーム相手に送ってしまった。
おかげで、上司が先方に直接お詫びに伺うことになった。
コピーを10枚とるつもりが、何を思ったか、0をひとつ余計に押してしまった。
パソコンの横にこっそり、と言っても隠せるわけもないが、90枚のメモ用紙。
さらに、その横に置いていたマグカップを倒してしまい、メモ用紙の何枚かは、吸い取り紙になった。
昼休みに彼からメール。
今夜会いたいって。
わたしも会いたい。
こんな日は、一杯やって、いやいや、ぐびぐび飲んで愚痴を聞いてもらう。
彼には申し訳ないけれど。
午後に入っても、その1日は続いた。
パソコンはフリーズするし、クレーム先から戻ってきた上司には、こってりと叱られるし。
3時のおやつにと休憩室の冷蔵庫を開けると、少し前に入れておいたはずのプリンがない。
騒いでいると、後輩が、あれ賞味期限が過ぎていたから捨てましたよ。
なんてやつだ。
賞味期限と消費期限の違いについてこんこんと説明していると、その後輩は泣き出してしまい、こちらが、おいおい、それくらいにしておけよと注意される。
まったくどうかしている1日だわ。
いつもの居酒屋に着くと、彼は既に待っていた。
生ビールを立て続けに三杯飲んで、ハイボールに切り替えると、このどうかしている1日のことを、彼に話し始めた。
彼は適当に相槌を打っているけど、構わない。
とにかく吐き出してしまわないと、明日に進めない。
まったく、どうかしている1日だわ。
わたしは、タクシーの中でも考えていた。
彼には愚痴を聞いて欲しくて、それだけのつもりだったのに。
だから、あんなに飲んだのに。
本当にどうかしているわ。
ビールとハイボールと酎ハイと焼き鳥でプロポーズだなんて。
彼も、どうかしていたに違いない。
それに、思わず頷いてしまうなんて。
みんな、みんなどうかしていたのだ。
彼がアプリで呼んだタクシー。
乗り込むなり、運転手さんに、笑顔の町までなんて。
酔っているとはいえ、どうかしている。
それに、はいと言って走り出す運転手さんも。