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『希望の資本論』を読む

本日は、池上彰×佐藤優『希望の資本論』(朝日新聞社2015の読書感想文です。

現代屈指の知識人

多くの共著・対談本のある両氏の共著は、どれも安定のクオリティを誇ります。私は、両名とも現代屈指の知識人と考えています。幅広いテーマをカバーし、複雑で難解な内容を嚙み砕いて簡潔に概念を伝えるという点において、池上氏の右に出る識者はなかなかいません。池上氏の解説には賛否両論があり、「左翼」のレッテルを貼って揶揄する言論人は少なくありません。ただ私の見立てでは、批判する内容が総じて感情的で、根強い人気を誇る池上氏への妬みや嫉みから、個人攻撃をしている印象も受けます。

本書が発売された2015年は、フランスの経済学者、トマ・ピケティの『21世紀の資本』が話題になっていたり、イスラム原理主義集団のイスラム国(IS)が世界を震撼させていた年でした。パリで複数テロが起こり、多数の死傷者が出たのもこの年でした。

マルクス『資本論』再び

池上氏も、佐藤氏も若い頃にマルクスの『資本論』を真剣に読み込み、思考を深めた経験をお持ちです。両氏には、本書以外にも『資本論』を扱った著書があります。現代人が資本主義社会の構造を理解するため、『資本論』を読むことを推奨しています。

資本主義をどう捉えるのかは、現状の自分がどの立ち位置にいるかにも左右されるように思います。私は、本書で問題提起されているように、資本主義を成立させてきた重要な条件の一つ、資本を増殖させるために永遠に成長サイクルを回し続けなければいけないという制約が、そろそろ限界を迎えているのではないか…… という漠然とした不安を持っています。

マルクス経済学の理解

今、岸田政権が『新しい資本主義 成長と分配の健全なサイクル』をテーマに、新自由主義的政策からの転換を進めようとしているようにみえます。分配の議論の中心は、経済的果実が日々労働力を市場に提供する人々に十分に行き渡らせられないか、という点です。

ところが、佐藤氏はマルクス経済学では労働による賃金は分配とは無関係だと”あとがき”で書いています。マルクス経済学では、労働者の賃金は、生産の段階で決定されるため、資本家が獲得した利潤の分配に、労働者の賃金が考慮される余地はないといいます。

『資本論』の論理に照らせば、普通のサラリーパーソンの賃金は生産論で、投資銀行のバンカーの収入は、資本家間の利潤の問題として分配論で説かれる性質の問題です。(P159)

佐藤氏は、マルクス経済学への素養のないピケティ氏は、労働力商品の特殊性への理解がないため、格差解消を分配の問題だと考えてしまう、という指摘をしています。なるほどなあと感じました。

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