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ことばの力を過信しないでおこう

本日のnoteは、私への戒めとして残します。

まずは自分への労い

昨日で、600日連続投稿を達成しました。毎日投稿を決めてスタートしたのは2018年10月。2019年7月に不注意で連続を途絶えさせてしまったのが悔しくて、最低一年は続けようとやってきました。

「千里の道も一歩から」「思えば遠くきたもんだ」…
目標達成後も記事投稿を続けているのは、書くことが好きだからです。書き続けることで思考が活性化・良化され、自分の中にプラスの化学反応が起こると信じています。

自分が蓄えてきた知識や経験を吐き出すだけでは、すぐにネタ切れします。その日起こった出来事や感情を垂れ流す日記ばかりでは進歩がないので、自分なりに調べたり、学んだだりしたことを記事にしてきました。

まだまだ歩みは止めません。自分にはまだまだ期待していたいので、ことばを生み出す作業にしがみつき続けます。

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ことばへの過度な信頼は要注意

私は、ことばの力を信じています。美しいことばが力強いメッセージとなり、人々の心を動かすのは素敵なことです。

一方で、「ことばを尽くして説明しよう」という態度は、時に逆効果になることもあると意識しておかないといけません。

私には「話せばわかる」という考えがあり、バーバルコミュニケーションの価値を過信しているところがあります。「意を尽くせば必ず相手に伝わる」という思い込みが、時に暴走してしまいます。

自分を正しく知って欲しい、私が考えているように私を理解して欲しい、私の思いに共感して欲しい、と余計なことばを継ぎ足してしまって、墓穴を掘ったり、信頼を失ったりしてきました。

自分のことばが意図せぬ形で相手に伝わるのは、悲しいことです。いきがかりで酷いことばを使ってしまうのは、恥ずべきことです。

相手にも、「思っていることは、はっきり言ってよ」というスタンスで臨んでしまいます。相手の表情や態度や気分に対して鈍感で、知らずに傷つけていることがあると思います。そういうことが続くと、遠ざけられてしまうのは当然です。

思いは、正しいことばだけでは正しく伝わりません。

ことばを武器にできる人になりたい

ことばは、誰が言うかで受け取られ方が変わってきます。ことばの背後にあるものが薄いと、突破できない壁が色々とあります。

力の無い人のことばは、無視されます。否定もされます。影響力のある人にパクられたりもします。悔しくてもそれが現実です。

私のことばが届く範囲は、とても限定的です。ことばを武器にできる人になりたいという思いが、noteを書き続ける中で強くなってきました。

● 自分の美しいと思うことばを選ぶ…
● 相手に伝わる適切なことばを選ぶ…
● 感情を乗せ、嘘のないことばを選ぶ…
● ことばを過大視しない…

よりよい明日を信じて、書き続けていきます。

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