読書日記*恋の終わりは人を強くするのか『白いしるし』西加奈子
”女32歳、独身。誰かにのめりこんで傷つくことを恐れ、恋を遠ざけていた”主人公の恋物語。
今回もネタバレなしですが、もやもやとした人への気もちに向き合うことを、とっても考えた本です。
職業柄、絵を描く人間や、音楽を扱う人間に会うことが多いが、それは、そういう人間によくある特徴だった。自分のもやもやとした、でも確実にある「思い」を、ぴたりと言い当てる「言葉」を考えつかない。無理に言い表すと、そこに僅かでも齟齬がうまれるから、言葉を使うことを手放し、それを絵画や、音楽で表現するのだ、と、皆は言った。
私には、正直、その感覚はわからなかった。
『白いしるし』P40
主人公の彼女は、じぶんの表現するものは、描きたいから描くだけであって、一方的であり、ぴたりと言い当てる「言葉」が思いつかないから絵を描くわけじゃない。
何かを邪魔に思う。何かがわからない。でも邪魔すんなよ、と、びくびくしながら、筆を落とすときがある。どうかひとりにしてくれ。どうかどうかどうか。ほとんど泣きそうになりながら私は一枚の絵をしあげる。
『白いしるし』P41
じぶんを絞り出して、ひとりになる。
それは”感情”とは別のところにあるもの。
彼女は傷つくのがこわかったのか。
「私はそのとき、信じようと思ったんです。何かを、ではなく、こうやって、美しい物ものを見て泣いた自分を、信じよう、って」
(略)「それで、本当に、自分がいい、これは好きだ、と思ったものだけを選んで、今の流行とか、売れるとか、そういうことを抜きにして、店に置こうと思ったんです。素人だから、ギャラリー、なんて偉そうなこと言えないけれど、私は自分の、あの、生きる希望が湧いた、本当に純粋なあの瞬間を覚えておこう、と思いました。信じよう、信じた自分を忘れないでおこう、て。
『白いしるし』P154
この言葉で彼女は、じぶんの何が感情を動かしたかを、理解した。
じぶんが美しいと思ったこと、好きだと思ったことを、信じる気もち。
恋する気もちは、じぶんが”好きだ”ということを信じた感情。
描くことかって、究極のエゴです。筆を置く瞬間は、見てほしい、という願望からさえも離れているんです。ただ描きたい、と思って、描くんです。失恋の痛手を武器に、描くことだってあるし、嫉妬を糧にして描くことだってあります。ほとんど吐き出す時もある、本当に、一方的な作業なんです。
『白いしるし』P158
彼女は、じぶんを信じたからこそ、また傷つくであろう人を好きになってしまった。究極のエゴで、一方的な作業なのかもしれないけれど、傷つくことを恐れてはいない。ただ好きになった。
それを失敗だとは、思わない。
まっすぐに、苦しみながらも、ぶつかっていく。強い。
わたしは自分自身にこれほどまで、向き合ってきただろうか。
そしてもやもやとした感情は、じつは、自分自身に対する感情かもしれないと思った。
さいごに解説の栗田有起さんの言葉が、わたしのこの本への、ぴたりと言い当てる「言葉」になった。
最後の最後まで、だれも恨まず、妬まず、いたずらに卑下もせず、それこそ真っ白な心根で、恋した男と、自分自身にぶつかっていった彼女に、心からの拍手を送りたい。
『白いしるし』P198
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