📖『休むヒント。』📖

床に布団かヨガマットを敷く。
かけ布団と枕を用意する。
室温を暑からず寒からず、しかしやや涼しい寄りに調整する。
雨戸を閉める。カーテンも一応閉める。
スマホを部屋から閉め出す。
体を布団に横たえる。
電気を消す。
今自分の目が開いているか閉じているか曖昧だなと思いながら目を閉じて寝る。

以上がわたしの「休み方」である。

これは「寝方」ではなく、あくまでも「休み方」であり、1時間半程度の短時間のこともあるし、まとまって数時間の「休息時間」になることもある。私の「休み方」は昼夜時間帯を問わずに必要に応じて随時実行される。

『休むヒント。』という講談社から出版されているアンソロジー形式のエッセイを読んだ。
元々「群像」の2024年1月号に掲載された作品らしく、34人の作家による「休むこと」についての短編が収められている。

休むヒント。

売れるビジネス書界隈には、これまでにも様々なブームがあり、グルテンフリーだとかマインドフルネスだとか、あれやこれやとテーマが捻り出されてきたと思うのだが、最近の流行は「休み方」らしい。世の中みんな、疲れている。そしてその疲弊というマイナス要素すらもお金儲けのネタに変えようというのが資本主義である。ああ、なんという世知辛い世界で我々は生きているのだろうか、と思うけれど、資本主義というのは白砂糖のように中毒性があるようで、経済の中にある商業性から自分が今世で抜け出せるかは全く自信がない。

『休むヒント。』を読んでいて思うのは、みんな休み方に四苦八苦しているということだ。
私も非常に身に覚えがある。

休んだら負けたような気がする。
休んだらダメな人になったような劣等感を覚える。
休んだら悪いことをしているような後ろめたさがある。

休んでいる間に自分が社会から不要とされるのではないかという恐怖感は、酒寄希望さんが寄稿した短編『これがわたしの育休中』でその不安を吐露しているが、育休に限らず似たようなことを感じたことがある人もいるのではないだろうか。休んでいる間に自分の席が誰かに奪われてしまう。自分が休んだら代打なんていくらでもいる。自分がいなくてもその仕事は成立する。自分の居場所が消えてしまうのではないかと怖くなり、資本主義の椅子取りゲームから弾き出されないように、無理をして椅子を奪取する。その繰り返しで心も体も疲弊していくけれど、「もうやーめた」とゲームから離脱することができない。

さらに「休むこと」は心身の健康のために必要なことであり、人間らしい生き方に不可欠であると感じている人が多いらしいことが、このアンソロジーからじわじわと浮き上がってきた。みんな「休むこと」が必要だと思い、「休みたい」と思っているのに、それを実行すると自分が社会不適合者になるかもしれないと怯えたりするのは摩訶不思議なことでもあるが、同時に「その気持ちわかるわあ」と思ってしまうので、なんとも複雑である。

私は「休む」は「遊ぶ」と同義語なのかと問いたい。また「遊ぶ」の対義語が「働く」なのかと尋ねたい。

『休むヒント。』「問いの立て方が間違っているのではないか？」古川日出男p.166

目的語が空欄のままの「休む」とは、とても難しいものらしい。
「仕事を」という言葉が付いていれば「休む」のか「出勤する」のかのどちらかでスッキリ解決するのだが、目的語が曖昧のまま人生全般についてなんとなく考えているときに「休む」というものをどう扱うかとなると、一体どんな状態が自分にとっての「休んで」いることに該当するのか、判断に困る。

そう考えてみれば、最近の私は非常にわかりやすいのかもしれない。真っ暗闇で音信不通になって寝るというのが今の私にとっての「休む」ことだ。あらゆることが「シャットダウン」している。「休む」イコール「自分シャットダウンタイム」である。仕事も休んでいるが、生活も休んでいて、なんだったら呼吸しているか確認してもらった方がいいかもしれないくらい、あらゆることを停止している。あのかつての巨大パソコンから流れ出たシャットダウン音が、電気を消した瞬間の私の肉体から鳴っている。シャットダウンされた私は、溜まった余計な何かを放電し、新しく動き出すための何かを充電する。しばらくすると、真っ暗画面の私に充電中マークが表示され、さらにしばらくすると充電が50%完了。急ぎの案件がある時には50%充電程度で目覚ましにより叩き起こされ活動を再開するわけだが、何もなければ100%の充電が完了するまで起きることはない。しかしバッテリー寿命のためには100%になるまで満タンに充電をしてしまわない方がいいという説もあるらしく、確かに私も100%フル充電をした後は切迫感の欠如からなのか初動が異様に遅い。ヌーンと起きて、せっかく貯めた充電をなるべく目減りさせたくないとばかりに、ぬるぬると起きた後の時間を過ごす。爽やかなCMのように朝の目覚めと共にシャキッと起きてカーテンをさっと開けて気持ちよく伸びをして笑顔でキラキラ、みたいなことになってみたいのだが、充電が足りていない時もドロドロと床と体を粘着かせながら起きるしフル充電でもぬるぬると起きるので、どのタイミングであの爽やかな目覚めになるのか、未だコツが掴めずにいる。

現代はあらゆることが「オン」のままが過ぎる。便利だけれど、疲れ果てても仕方がない。もちろん不便な方がいいとは思わないけれど、便利なものにはついつい頼りすぎてしまう。本当に必要かどうかも判断できないまま、とりあえず「オン」にしておけば損はないだろうという浅はかな考えを持つ。実はそれが自分の大切な何かを奪って減らしていることに気がつくことができない。待機電力の無駄遣いである。

そんなじわりとしたアイドリングが続く世の中で、みんな休み方の最善を探している。けれど誰も、絶対的な答えを持ち合わせていない。
一つだけ分かっているのは、どうやらみんな休みたくて仕方がないらしいということ。
忙しすぎるのにあまり幸せでないのなら、なんのための忙しさなのかと悩み、困り果ててしまうのも、当然の結末だろうと思し、ご褒美と称して謎の無駄遣いで空虚な心を埋めようとすることも、ごくごく普通の行動なのかもしれない。
休めれば幸せになれそうな気がするのに、怖くて休むこともできない。または状況が許さなくて休むわけにはいかない。
さらに言えば「もしも休んだのに幸せになれなかったらどうしよう」と心の片隅で思う。

休むことをネガティブに捉える風潮は、例えば今から100年後の2124年には、変わっているだろうか。